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「太平記」長年帰洛の事付内裏炎上の事(その2)

主上しゆしやう東坂本へ臨幸成つて、数剋すごくの事なれば、四門しもんことごとく閇ぢて、宮殿正に寂寞せきばくたり。しかれば早や甲乙人かふおつにんども、乱れ入りけりと思えて、百官礼儀を調へし紫宸殿ししんでんの上には賢聖げんじやう障子しやうじ引き破られて、雲台うんたい画図ぐわとここかしこに乱れたり。佳人かじん晨装しんさうを飾りし弘徽殿こうきでんの前には、翡翠ひすゐ御簾ぎよれん半ばより絶えて、微月びげつ銀鉤ぎんこう空しく懸かれり。長年ながとしつくづくとこれを見て、さしも勇める夷心えびすごころにもあはれの色や勝りけん、なみだを両眼に余して鎧の袖をぞ濡らしける。ややしばらく休らうて居たりけるが、敵の鬨の声間近く聞こへければ、陽明門やうめいもんの前より馬に打ち乗つて、北白川きたしらかはを東へ今路越いまみちごえに懸かつて、東坂本へぞまゐりける。




主上(第九十六代後醍醐天皇)が東坂本(現滋賀県大津市)へ臨幸されて、数刻のことでしたので、四門は残らず閉じられて、宮殿はまさに寂寞としていました。なればすでに甲乙人([一般庶民])どもが、乱れ入ったと思えて、百官が礼儀を正した紫宸殿の上には賢聖障子([紫宸殿の、母屋と北庇きたびさしとの間の襖障子])は引き破られて、賢聖げんじやう障子しやうじ引雲台の画図がここかしこに乱れていました。佳人([美人])が晨装([朝の化粧])を飾った弘徽殿の前には、翡翠の御簾が半ばより千切れて、微月の銀鉤([銀製のすだれかけ])が空しく懸かるばかりでした。長年はつくづくとこれを見て、勇ましい夷心にも哀れの色が勝ったのか、涙が両眼からこぼれて鎧の袖を濡らしました。ややしばらく休んでいましたが、敵の鬨の声が間近かに聞こえたので、陽明門([東面の門])の前より馬に打ち乗って、北白川を東に今路越([志賀街道]=[荒神口から、近江に至る街道])に懸かって、東坂本に参りました。


続く


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by santalab | 2016-06-22 08:14 | 太平記 | Comments(0)

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