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「太平記」園城寺戒壇事(その3)

その後仁寿にんじゆ三年に、智証ちしよう大師求法ぐほふの為に御渡唐とたうありけるに、悪風にはかに吹き来たつて、海上の御船たちまちにくつがへらんとせし時、大師ふなばたに立ち出でて、十方を一礼いちらいして誠礼を致させ給ひしかば、仏法護持の不動明王ふどうみやうわう金色こんじき身相しんさうを現じて、船のに立ち給ふ。また新羅大明神だいみやうじんまのあたりに船のとも化現けげんして、みづかかぢを取り給ふ。これによつて御舟無恙明州みやうじうの津に着きにけり。かくて御在唐ざいたう七箇年の間、寝食を忘れて顕密けんみつ奥義あうぎきはめ給ひて、天安三年に御帰朝あり。その後法流いよいよ盛んにして、一朝の綱領かうれい、四海の倚頼いらいたりしかば、この寺四箇の大寺だいじのその一つとして、論場ろんぢやう公請くしやうに随ひ、宝祚はうその護持を致す事諸寺に卓犖たくらくせり。そもそも山門すでに菩薩の大乗戒だいじようかいを建て、南都はまた声聞しやうもん小乗戒せうじようかいを立つ。園城寺をんじやうじ何ぞ真言の三摩耶戒さまやかいを建てざらんやとて、後朱雀ごしゆじやくゐんの御宇長暦ちようりやく年中に、三井寺みゐでら明尊みやうそん僧正そうじやうしきりに勅許をかうむらんと奏聞しけるを、山門固く支へまうしければ、かの寺の本主太政だいじやう大臣大友おほとも皇子わうじの後胤、大友の夜須磨呂やすまろの氏族連署して、官府くわんふを申す。




その後仁寿三年(853)に、智証大師(円珍)は求法のために渡唐しましたが、悪風がにわかに吹いて、海上の船はたちまちに転覆しようとした時、大師が舷に立ち出て、十方を一礼して誠礼を致せば、仏法護持の不動明王が、金色の身相を現じて、船の舳([船の先の方])に立ちました。また新羅大明神が目前の船の艫([船の後方の部分])に化現([神仏が人々を救うために姿を変えてこの世に現れること])して、自ら梶を取りました。こうして船は無事明州の津(中国浙江省)に着きました(船は途中で暴風に遭って台湾に漂着したらしい)。こうして在唐七箇年(853〜858の六年間)の間、寝食を忘れて顕密の奥義を究めて、天安三年(天安二年(858))に帰朝しました。その後法流はますます栄えて、一朝の綱領([物事の基本的なところ。要点])、四海([国内])の倚頼([依頼]=[頼み])として、この寺(現滋賀県大津市にある園城寺)は四大寺(東大寺、興福寺、延暦寺と園城寺)のその一つとして、論場の公請([僧侶が、朝廷から法会や講義に召されること])に従い、宝祚([天子の位])の護持を致すことは諸寺に卓犖([すぐれて他から抜きんでていること])していました。そもそも山門(延暦寺)はすでに菩薩の大乗戒([大乗の戒律の一])を立て、南都(奈良)はまた声聞([釈尊の教えを忠実に実行し、自己の悟りを追求すること])の小乗戒([小乗仏教の戒律])を確立していました。園城寺は真言の三摩耶戒([密教で、伝法灌頂の直前に授けられる戒])の場とすべしと、後朱雀院(第六十九代天皇)の御宇長暦年中に、三井寺の明尊僧正が、しきりに勅許を下されようと奏聞しましたが、山門(延暦寺)が強く反対したので、かの寺の本主太政大臣大友皇子(第三十九代弘文天皇。弘文天皇が天皇と認められたのは明治になってから)の後胤、大友夜須磨呂の氏族が連署して、官府([摂政・関白から政務のことについて下した文書])を奏上しました。


続く


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by santalab | 2016-06-23 08:09 | 太平記 | Comments(0)

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