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「太平記」長年帰洛の事付内裏炎上の事(その3)

その後四国・西国のつはもの、洛中に乱れ入つて、行幸供奉ぎやうがうぐぶの人々の家に、屋形屋形に火を懸けたれば、時節をりふし辻風つじかぜ激しく吹き敷いて、竜楼竹苑准后りようろうちくゑんじゆごうの御所・式部卿しきぶきやう親王しんわう常盤井殿ときはゐどの聖主御遊せいしゆぎよいうの馬場の御所、けぶり同時に立ち上りてほのほ四方しはうに満ち満ちたれば、猛火みやうくわ内裏に懸かつて、前殿后宮こうきゆう・諸司八省・三十六さんじふろく殿十二門、大廈たいかの構へ、いたづらに一時の灰燼くわいじんと成りにけり。越王ゑつわう呉を亡ぼして姑蘇城こそじやう一片の煙となり、項羽かうう秦をかたぶけて、咸陽宮かんやうきゆう三月の火を盛んにせし、呉越ごゑつ秦楚しんそいにしへも、これにはよも過ぎじと、浅ましかりし世の中なり。




その後四国・西国の兵どもは、洛中に乱れ入り、行幸供奉の人々の家に、館毎に火を懸けました、折節辻風が激しく吹いていたので、竜楼([皇太子])竹苑([皇族])准后の御所・式部卿親王(懐良かねよし親王)の常盤井殿・聖主御遊の馬場の御所に、煙が同時に立ち上り炎は四方に充満して、猛火は内裏に懸かり、前殿后宮・諸司八省・三十六殿十二門、大廈([大きな建物])は、あっと言う間に灰燼となりました。越王(勾践)が呉(夫差)を亡ぼして姑蘇城(現江蘇省蘇州市)は一片の煙となり、項羽が秦(始皇帝)を傾けて、咸陽宮が三ヶ月間燃えた、呉越・秦楚の昔も、これには過ぎないと思われて、なんとも浅ましい世の中でした。


続く


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by santalab | 2016-06-23 08:14 | 太平記 | Comments(0)

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