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「太平記」園城寺戒壇事(その6)

またその次の夜の御夢に、一人の老翁弓箭きゆうせんを帯して殿上てんしやうこうす。主上しゆしやう、「なんぢは何者ぞ」と御たづねありければ、「円宗ゑんしゆう擁護おうご赤山せきさん大明神だいみやうじんにて候ふ。三井寺みゐでらの戒壇院執奏しつそうの人に向かつて、矢一つ仕らん為に参内して候ふなり」とぞまうされける。夜々の御夢想に、君も臣も恐れてならせければ、つひに寺門の所望被黙止、山門に道理をぞ付けられける。かくて遥かに程経て、白河院の御宇に、江帥匡房えのそつのきやうばうの兄に、三井寺の頼豪らいがう僧都そうづとて、貴き人ありけるを召され、皇子御誕生の御祈りをぞ仰せ付けられける。頼豪勅をうけたまはつて肝胆を砕いて祈請きしやうしけるに、陰徳たちまちにあらはれて承保しようほう元年十二月十六日に皇子御誕生ありてけり。帝叡感の余りに、「御祈りの観賞けんじやう宜依請」と被宣下。頼豪年来の所望しよまうなりければ、他の官禄一向これを差し置いて、園城寺をんじやうじ三摩耶戒壇さまやかいだん造立ざうりつの勅許をぞまうし賜はりける。山門またこれを聞きて款状くわじやうを捧げて禁庭きんていに訴へ、先例を引いて停廃ちやうはいせられんと奏しけれども、「綸言りんげん再び不複」とて勅許なかりしかば、三塔さんたふ嗷儀がうぎを以つて谷々の講演かうえんを打ち止め、社々の門戸もんこを閉ぢて御願ごぐわんを止めける間、朝儀てうぎ難黙止して無力三摩耶戒壇造立の勅裁ちよくさいをぞ召し返されける。




またその次の夜の夢に、一人の老翁が弓箭([弓矢])を帯して殿上に現れました。主上(第五十六代清和天皇)が、「お前は何者ぞ」と訊ねられると、「円宗([天台宗の異称])擁護の赤山大明神(現京都市左京区にある赤山禅院の本尊)じゃ。三井寺(現滋賀県大津市にある園城寺)の戒壇院を執奏([取り次いで奏上すること])の人に向かって、矢を一つ仕るために参内しておるのじゃ」と申しました。夜々の夢想に、君も臣も恐れて、遂に寺門(園城寺)の所望を無視し、山門(延暦寺)に従いました。こうして遥かに程経て、白河院(第七十二代天皇)の御宇に、江帥匡房(大江匡房まさふさ)の兄に、三井寺の頼豪僧都(頼豪は藤原有家ありいへの子。大江匡房の父は大江成衡なりひら。匡房の異母兄弟に頼豪の名があるが)という、高徳の人がいましたので召して、皇子誕生の祈りを命じられました。頼豪は勅を承って肝胆を砕いて祈請すると、陰徳([人に知られないようにひそかにする善行])はたちまちに顕れて承保(1075)元年十二月十六日に皇子(白河天皇の第一皇子、敦文あつふみ親王)が誕生しました。帝は叡感のあまり、「祈りの観賞は望むままに」と宣下されました。頼豪は年来の所望でしたので、他の官禄すべて差し置いて、園城寺の三摩耶戒壇([天台宗に入門した者に円頓戒を授ける式場])造立の勅許を賜りたいと申しました。山門(延暦寺)は再びこれを聞いて款状([訴訟の趣旨を記した 嘆願書])を捧げて禁庭([宮中])に訴へ、先例を引いて停廃([予定していた事柄をとりやめること])されるよう奏しましたが、「綸言再び複さず([天子の言葉は取り消すことはできない])」と勅許はありませんでしたので、三塔([東塔・西塔・横川よかは])は嗷儀([多数で、無理を言い張ること])をもって、講演([経典を講じ仏法を説くこと。説法])を打ち止め、社々の門戸を閉じて御願([貴人の祈願・立願を敬意をこめていう語])の勤めを止めたので、朝儀([朝廷の行う儀式])もままならず仕方なく三摩耶戒壇造立の勅裁を取り消しました。


続く


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by santalab | 2016-06-26 08:54 | 太平記 | Comments(0)

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