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「太平記」園城寺戒壇事(その8)

その後頼豪らいがう亡霊ばうれいたちまちにくろがねの牙、石の身なる八万四千の鼠と成つて、比叡山ひえいさんに登り、仏像・経巻を喰ひ破りける間、これを防ぐに無術して、頼豪を一社の神に崇めてその怨念をんねんしづむ。鼠の禿倉ほこらこれなり。懸かりし後は、三井寺みゐでらもいよいよ意趣深うして、ややもすれば戒壇の事をまうし達せんとし、山門もまた以前の嗷儀がうぎを例として、理不尽にこれを欲徹却と。されば始め天歴年中より、去んぬる文保ぶんほう元年に至るまで、この戒壇ゆゑ園城寺をんじやうじの焼くる事すでに七箇度なり。近年はこれに依つて、そのくはたてもなかりつれば、中々寺門繁昌して三宝の住持ぢゆうぢまつたかりつるに、今将軍みだりに衆徒の心を取らん為に、山門の怒りをも顧みず、楚忽そこつに御教書になされければ、かへつて天魔の所行しよぎやう、法滅の因縁いんえんかなと、聞く人毎にくちびるひるがへしけり。




その後頼豪(平安時代中期の天台宗の僧)の亡霊はたちまちに鉄の牙、石の身の八万四千の鼠(鉄鼠てつそ)となって、比叡山に登り、仏像・経巻を喰い破ったので、これを防ぐ術なくして、頼豪を一社の神に崇めてその怨念を鎮めました。鼠の禿倉(現滋賀県大津市にある日吉大社境内にある鼠社)のことです。この後は、三井寺(現滋賀県大津市にある園城寺)もますます意趣([恨み])深くして、ややもすれば戒壇のことを申し達せんとし、山門(延暦寺)もまた以前の嗷儀([力ずくですること。暴力。乱暴])を例として、理不尽にこれを退けようとしました。こうして天歴(第六十二代村上天皇の御宇)年中より、去る文保元年(1317)に至るまで、この戒壇のことで園城寺が焼けることすでに七度でした。近年は戒壇の、企てもありませんでしたので、たいそう寺門(園城寺)は繁昌して三宝([仏・法・僧])の住持([仏の教えをかたく守ること])を果たしておりましたのに、今将軍(足利尊氏)が身勝手に衆徒([僧])の心を取ろうとして、山門の怒りをも顧みず、軽率に御教書([三位以上の貴人の意向を伝える奉書])になしたので、これは天魔の所行か、法滅の因縁となるのではないかと、聞く人毎に唇を翻しました([憎んで悪口を言う])。


続く


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by santalab | 2016-06-28 08:52 | 太平記 | Comments(0)

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