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「太平記」三井寺合戦並当寺撞鐘事付俵藤太事(その1)

東国の勢すでに坂本に着きければ、顕家あきいへきやう義貞よしさだ朝臣、その外宗との人々、聖女の彼岸所ひかんじよに会合して、合戦の評定ひやうぢやうあり。「何様一両日いちりやうにちは馬の足を休めてこそ、京都へは寄せ候はめ」と、顕家の卿のたまひけるを、大館おほたち左馬の助申されけるは、「長途ちやうどに疲れたる馬を一日も休め候はば中々血下がつて四五日は物の用に立つべからず。そのうへこの勢坂本へ着きたりと、敵たとひ聞き及ぶとも、やがて寄すべしとはよも思ひ寄り候はじ。軍は起不意必ず敵を取りひしぐ習ひなり。ただ今夜の内に志賀・唐崎の辺まで打ち寄せて、未明びめい三井寺みゐでらへ押し寄せ、四方しはうより鬨を作つて攻め入るほどならば、御方治定ぢぢやうの勝ち軍とこそ存じ候へ」と申されければ、義貞朝臣も楠木判官はうぐわん正成まさしげも、「この義まことにさるべく候ふ」と同されて、やがて諸大将だいしやうへぞ触られける。




東国の勢はすでに坂本(現滋賀県大津市)に着いて、顕家卿(北畠顕家)・義貞朝臣(新田義貞)、そのほか主な人々が、聖女(日吉社聖女宮。現滋賀県大津市にある日吉大社)の彼岸所(日吉大社にあった仏寺施設)に会合して、合戦の評定がありました。「ともかく一両日は馬の足を休めて、京都を攻めようではないか」と、顕家卿が申しましたが、大館左馬助(大舘氏明うぢあき)が申すには、「長途に疲れた馬を一日休ませれば、血が下がって四五日は物の役にも立ちません。その上この勢が坂本へ着いたと、敵がたとえ聞き及んだところで、たちまち攻めるとは思いも寄らぬことでしょう。軍というものは不意を突けば必ずや敵を討つ習いです。ただ今夜の内に志賀(現滋賀県大津市)・唐崎(現滋賀県大津市)の辺まで打ち寄せて、夜が明けぬうちに三井寺(現滋賀県大津市にある園城寺)に押し寄せ、四方より鬨を作つて攻め入れば、味方の勝ち軍は決まったようなものです」と申したので、義貞朝臣も楠木判官正成(楠木正成)も、「もっともな意見よ」と同意して、たちまち諸大将に知らせました。


続く


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by santalab | 2016-07-01 19:13 | 太平記 | Comments(0)

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