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「太平記」三井寺合戦並当寺撞鐘事付俵藤太事(その3)

去るほどに坂本に大勢おほぜいの着きたる有様、船の往反わうへんに見へておびたたしかりければ、三井寺みゐでらの大将細川ほそかはきやうの律師定禅ぢやうぜんかうの大和のかみが方より、京都へ使ひを馳せて、「東国の大勢坂本に着きて、明日寄るべし由その聞こへ候ふ。急ぎ御勢を添はさせ候へ」と、三度まで申されたりけれども、「関東くわんとうより何勢がそれほどまでおほくは上るべきぞ。勢は大略たいりやく宇都宮うつのみや紀清きせいの両党の者とこそ聞こゆれ。その勢たとひ誤つて坂本へ着きたりとも、宇都宮京にありと聞こへなば、やがて主の許へこそ馳せ来たらんずらん」とて、将軍事ともし給はざりければ、三井寺へは勢の一騎をも添はさせず。




やがて坂本(現滋賀県大津市)に大勢が着いたことが、船の往反に知られてひっきりなぢでしたので、三井寺(現滋賀県大津市にある園城寺)の大将細川卿律師定禅(細川定禅)は、高大和守(高重茂しげもち)の方より、京都へ使いを馳せて、「東国の大勢が坂本に着いて、明日寄せると聞こえております。急ぎ勢を向けられますように」と、三度まで申しましたが、「関東より何勢がそれほどまで多く上るというのか。勢はほとんど宇都宮紀清両党([宇都宮氏の家中の精鋭として知られた武士団])の者と聞いておる。その勢がたとえ何かの間違いで坂本へ着こうが、宇都宮(宇都宮公綱きんつな)が京にいると聞けば、たちまち主の許へ馳せ来るに違いない」と申して、将軍(足利尊氏)は事ともしなかったので、三井寺には勢の一騎をも差し向けませんでした。


続く


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by santalab | 2016-07-03 08:56 | 太平記 | Comments(0)

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