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「太平記」三井寺合戦並当寺撞鐘事付俵藤太事(その8)

一の木戸すでに破れければ、新田につたの三万余騎の勢、城の中へ駆け入つて、先づ合図あひずの火をぞ上げたりける。これを見て山門の大衆だいしゆ二万余人、如意越によいごえより落ち合つて、すなはち院々ゐんゐん谷々へ乱れ入り、堂舎・仏閣に火を懸けてをめき叫んでぞ攻めたりける。猛火みやうくわ東西より吹き懸けて、敵南北に満ち満ちたれば、今は敵はじとや思ひけん、三井寺みゐでら衆徒しゆとども、あるひは金堂こんだうに走り入つて猛火の中に腹を切つて臥し、あるひは聖教しやうげうを抱いて幽谷いうこくに倒れまろぶ。多年止住しぢゆうの案内者だにも、時に取つては行き方を失ふ。いはんや四国・西国のつはものども、方角も知らぬけぶりの中に、目をも見えぬ上迷ひければ、ただここかしこの木の下いはの陰に疲れて、自害をするより外の事はなかりけり。されば半日ばかりの合戦に、大津・松本・三井寺の内に討たれたる敵を数ふるに七千三百余人なり。そもそも金堂の本尊は、生身しやうしんの弥勒にて渡らせ給へば、かくてはいかがとてある衆徒御首みくしばかりを取つて、藪の中に隠し置きたりけるが、おほく討たれたる兵の首どもの中に交はりて、切り目に血の付きたりけるを見て、山法師やまほふしたりけん、大札おほふだを立てて、一首の歌に事書きを書き添へたりける。

建武二年の春の頃、何とやらん、事の騒がしき様に聞こへ侍りしかば、早や三会さんゑの暁になりぬるやらん。いでさらば八相成道はつしやうじやうだうして、説法利生せつほふりしやうせんと思ひて、金堂こんだうの方へ立ち出でたれば、業火ごふくわ盛んに燃えて修羅の闘諍とうじやう四方しはうに聞こゆ。こは何事かと思ひ分く方もなくて居たるに、仏地坊ぶつちばうそれがしとやらん、だうの内に走り入り、所以ゆゑもなく、のこぎりを以つて我が首を切りし間、阿逸多あいつたといへども叶はず、堪へ兼ねたりし悲しみの内に思ひ続けてはんべりし。

山を我が 敵とはいかで 思ひけん 寺法師てらほふしにぞ 首を切らるる




一の木戸が破れたので、新田(新田義貞)の三万余騎の勢は、城の中へ駆け入って、まず合図の火を上げました。これを見て山門(延暦寺)の大衆([僧])二万余人は、如意越(園城寺普賢堂=現滋賀県大津市。から如意ヶ岳の北側を通り、 京都の鹿ヶ谷=現京都市左京区。へ出る道)より落ち合って、たちまち院々谷々へ乱れ入り、堂舎・仏閣に火を懸けて喚き叫んで攻めました。猛火は東西より吹き懸けて、敵は南北に満ち満ちていましたので、今は敵わじと思ったか、三井寺(園城寺)の衆徒([僧])どもは、あるいは金堂に走り入って猛火の中で腹を切って臥し、あるいは聖教を抱いて幽谷に落ちました。多年止住([居住])の案内者でさえ、あわて騒いで行方を失いました。言うまでもなく四国・西国の兵どもは、方角も知らぬ煙の中で、目も見えぬ上に道に迷って、ただここかしこの木の下岩の陰に疲れて、自害をするよりほかありませんでした。こうして半日ばかりの合戦で、大津・松本(現滋賀県大津市)・三井寺の内に討たれた敵を数えると七千三百余人に及びました。そもそも金堂の本尊は、生身([仏の化身])の弥勒でしたので、このままにはしておけないとある衆徒([僧])が首ばかりを取って、藪の中に隠し置きましたが、多く討たれた兵の首の中に
交わって、切り目に血の付いたのを見て、山法師([延暦寺の僧])がしたのか、大札を立てて、一首の歌に詞書([和歌の前に書いて、その和歌が詠まれた時・場所・事情などを 説明したり、和歌の題を示したりする文章])を書き添えてありました。

建武二年(1335)の春頃、何とはなしに、事騒がしく聞こえましたが、はや三会([竜華 りゆうげ)三会]=[釈尊の教化に漏れた衆生を仏滅後五十六億七千万年後に現れて救済するために説法するという三回にわたる法座])の暁になりましたか。ならば八相成道([釈迦八相]=[釈迦が一生涯に経た八つの重要な段階])して、説法利生([仏・菩薩が衆生に利益を与えること])に与かろうと思い、金堂の方へ立ち出ると、業火が盛んに燃えて修羅の闘諍([戦い争うこと])が四方に聞こえました。いったいこれは何事かと解することもできずにいましたが、仏地坊の某でしたか、堂の内に走り入ると、たちまち、鋸で我が首を切りました、阿逸多([弥勒菩薩の異称])といえども叶わず、悲しみに耐え兼ねています。

山(延暦寺)こそ我が敵を思っていたのだが。まさか寺法師([園城寺の僧])に首を切られるとは。


続く


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by santalab | 2016-07-08 08:12 | 太平記 | Comments(0)

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