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「太平記」三井寺合戦並当寺撞鐘事付俵藤太事(その10)

二人ににんともに湖水こすゐの波を分けて、水中に入る事五十ごじふ余町よちやうあつて一つの楼門あり。開いて内へ入るに、瑠璃るり砂子いさご厚く玉の石畳暖かにして、落花おのづか繽紛ひんふんたり。朱楼紫殿玉の欄干、黄金こがねじりにししろかねを柱とせり。その壮観奇麗、いまだかつて目にも見ず耳にも聞かざりし所なり。この怪しげなりつる男、先づ内へ入つて、須臾しゆゆの間に衣冠いくわんを正しくして、秀郷を客位きやくゐしやうず。左右侍衛しゑくわん前後花の装よそほひ善尽くし美尽くせり。酒宴数刻すごくに及んで夜すでに更けければ、敵の寄るべくほどになりぬとあわて騒ぐ。秀郷は一生涯が間身を放たで持ちたりける五人張りに疾弦せきつる懸けて噛ひ湿し、三年竹さんねんだけ節近ふしぢかなるを十五束じふごそく二つ伏せにこしらへて、やじり中子なかご筈本はずもとまで打ちどほしにしたる矢、ただ三筋さんすぢを手挟みて、今や今やとぞ待ちたりける。夜半やはん過ぐるほどに雨風一通ひととほり過ぎて、電火のげきする事隙なし。しばらくあつて比良ひらの高嶺の方より、松明たいまつ二三千がほど二行に燃えて、中に島の如くなる物、この龍宮城りゆうぐうじやうを指してぞ近付きける。




二人ともに湖水の波を分けて、湖上を進み五十余町行くと一つの楼門がありました。開いて内へ入ると、瑠璃([ガラス])の砂子を厚く敷き玉の石畳が続いていました。落花が繽紛([細かい物が乱れ散る様])と舞っていました。朱楼紫殿玉の欄干は、黄金で飾った銀の柱でした。その壮観奇麗は、いまだかつて目にも見ず耳にも聞かないものでした。卑しげなる男は、まず内へ入ると、たちまちに衣冠を正しくして、秀郷(藤原秀郷)を客位に招きました、左右に侍衛官前後には花の装い善を尽くし美を尽くすものでした。酒宴数刻に及んで夜がすでに更けると、敵が近付く頃とあわて騒ぎました。秀郷は一生涯の間身から離さず持っている五人張りの弓に急ぎ弦を懸けて噛い湿し、三年竹の節近([竹などの節の間隔が密な様])のものに十五束二伏に拵えて、鏃の中子([鏃の根元])を筈本([矢の末端の弓のつるを受ける部分])まで打ち通しにした矢を、ただ三筋を脇に挟んで、今か今かとぞ待ちました。夜半過ぎるほどに雨風が一通り過ぎて、電火が隙なく轟きました。しばらくあって比良([琵琶湖西岸に連なる山地])の高嶺の方より、松明二三千ばかり二行に燃えて、その中に島のような物が、龍宮城を指して近付きました。


続く


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by santalab | 2016-07-10 08:33 | 太平記 | Comments(0)

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