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「太平記」高倉殿京都退去の事付殷紂王の事(その5)

ある時后妲己だつき、南庭の花の夕映えを詠じて寂寞せきばくとして立ち給ふ。紂王ちうわう見るに不耐して、「何事か御意に叶はぬ事の侍る」と問ひ給へば、妲己、「あは炮格はうかくの法とやらんを見ばやと思ふを、心に叶はぬ事にし侍る」とのたまひければ、紂王、「安き程の事なり」とて、やがて南庭に炮格を建てて、后の見物にぞ成されける。それ炮格の法とまうすは、五丈のあかがねの柱を二本東西に立て、上にくろがねなはを張りて、下炭火をき、鉄湯炉壇の如くにをこして、罪人の背中に石を負ふせ、官人ほこを取つて罪人を柱の上に責め上せ、鉄の縄を渡る時、罪人気力に疲れて炉壇の中に落ち入り、灰燼くわいじんと成つて焦がれ死ぬ。焼熱せうねつ大焼熱の苦患くげんを移せる形なれば炮格の法とは名付けたり。后これを見給て、無類事に興じ給ひければ、野人村老やじんそんらう日毎に子を被殺親を失つて、泣き悲しむ声無休時。




ある時后の妲己が、南庭の花の夕映えを眺めて寂寞([心が満たされずにもの寂しい様])として立っていました。紂王(殷の第三十代王)は見るに耐えず、「何事か意に叶わぬことがあるや」と訊ねると、妲己は、「炮格([銅柱に油を塗り、火で熱したものの上を歩き、焼け死ぬ刑罰])の法というものを見たいと思っておりますが、いまだ叶いません」と答えました、紂王は、「容易いことよ」と言って、やがて南庭に炮格を建てて、后に見物させました。炮格の法というのは、五丈の銅の柱を二本東西に立て、上に鉄の縄を張り、下には炭火を置き、鉄湯炉壇の如く熾して、罪人の背中に石を負わせ、官人が戈を取って罪人を柱の上に責め上らせ、鉄の縄を渡る時、罪人は疲れて炉壇の中に落ち入り、灰燼となって焼け死ぬというものでした。焼熱([焦熱地獄]=[八大地獄の第六])大焼熱([大焦熱地獄]=[八大地獄の第七])の苦患([地獄におちて受ける苦しみ])に擬えたものでしたので炮格の法と名付けられました。后はこれを見給て、類なくよろこんだので、野人村老は日毎に子を殺され親を失って、泣き悲しむ声は休む時がありませんでした。


続く


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by santalab | 2016-07-10 08:46 | 太平記 | Comments(0)

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