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「太平記」高倉殿京都退去の事付殷紂王の事(その6)

この時しうの文王未だ西伯にておはしけるが、ひそかにこれを見て人の悲しみ世のそしり、天下の乱と成りぬと歎き給ひけるを、崇侯虎そうこうこと云ひける者聞いていん紂王ちうわうにぞ告げたりける。紂王大いに忿いかつて、すなはち西伯をとらへて羑里いうり獄舎ひとやに押し篭め奉る。西伯が臣に閎夭くわうえうと云ひける人、沙金しやきん三千両・大宛たいゑんの馬百疋・嬋妍幽艶せんけんいうえんなる女百人をそろへて、紂王に奉て、西伯のとらはれを乞ひ受けければ、元来色に婬し宝を好む事、後のわざはひをも不顧、この一つを以つても西伯をゆるすに足んぬべし、いはんやそのおほきをやと、心飽くまで悦びて、すなはち西伯をぞ免しける。




この時周の文王(中国周朝の始祖)はまだ西伯(小頭領)でした、密かにこれを見て人の悲しみ世の謗りは、天下の乱となるであろうと嘆いていましたが、崇侯虎(殷の諸侯)という者がこれを聞いて殷の紂王(殷の第三十代王)に告げ知らせました。紂王はたいそう怒って、たちまち西伯を捕らえて羑里([牢獄])の獄舎に押し籠めました。西伯の臣で閎夭という人が、沙金三千両・大宛(中央アジアのフェルガナ地方。現ウズベキスタン共和国)の馬百匹・嬋妍([あでやかで美しい様])幽艶([奥ゆかしく美しいこと])なる女百人を揃えて、紂王に献上し、西伯の囚われを請い受けました、元来色に溺れ宝を好むことが、後の禍いとなることも顧みず、この一つでさえ西伯を赦すに価する、いわんやなんと多くの贈り物かと、たいそうよろこびんで、たちまち西伯を放免しました。


続く


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by santalab | 2016-07-10 08:50 | 太平記 | Comments(0)

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