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「太平記」建武二年正月十六日合戦事(その2)

由良ゆら・長浜・吉江・高橋、真つ先に進んで追ひけるが、大敵をば欺くべからずとて、広みにて敵のかへし合ひつべき所まではさまで追はず、遠矢とほや射懸け遠矢射懸け、鬨を作るばかりにて、静々しづしづとこれを追ひ、道迫りて、しかも敵の行く先難所なんじよなる山路やまぢにては、笠より落とし駆けて、透間もなく射落とし斬り臥せける間、敵一度も返し得ず、ただ我先にとぞ落ち行きける。されば手を負うたる者はそのまま馬人に踏み殺され、馬離れたる者は引き兼ねて無力腹を切りけり。その死骸谷を埋め溝をうづみければ、追手おふての為には道たひらかになつて、いよいよ輪宝りんはう山谷さんこくを平らぐるに異ならず、将軍三井寺みゐでらいくさ始まりたりと聞こへて後、黒煙天におほうを見へければ、「御方いかさま負け軍したりと思ゆるぞ。急ぎ勢を遣はせ」とて、三条河原さんでうがはらに打ち出で、先づ勢揃へをぞし給ひける。




由良・長浜・吉江・高橋が、真っ先に進んで敵を追いましたが、大敵と張り合うべきではないと、広みでは敵が返し合わせるまでは執拗に追わず、遠矢を射懸け、鬨を作るばかりで、静々と敵を追い、道が迫り、しかも敵の行く先が難所となる山路では、笠より落とし駆けて、透間もなく射落とし斬り臥せました、敵は一度も返すことなく、ただ我先にと落ち行きました。こうして手負いの者はそのまま馬人に踏み殺され、馬から離れた者は引き兼ねてやむなく腹を切りました。その死骸は谷を埋め溝を埋めたので、追手の道は平地となって、ますます輪宝(菊輪宝。比叡山の寺紋)の山谷を平らげることとなりました、将軍(足利尊氏)は三井寺(現滋賀県大津市にある園城寺)に軍が始まったと聞いて後、黒煙が天を覆うのが見えたので、「味方はきっと負け軍をしたと思える。急ぎ勢を遣わせ」と申して、三条河原に打ち出て、まず勢揃えしました。


続く


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by santalab | 2016-07-15 08:09 | 太平記 | Comments(0)

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