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「太平記」建武二年正月十六日合戦事(その4)

義貞よしさだ朝臣弓杖ゆんづゑにすがり下知されけるは、「敵の勢に御方を合はすれば、大海の一滴、九牛が一毛いちまうなり。ただ世の常の如くにいくさをせば、勝つ事を得難し。相互あひたがひにおもてを知り知られたらんずるさぶらひども、五十騎づつ手を分けて、笠符かさじるしを取り捨て、はたを巻いて、敵の中に紛れ入り、ここかしこに控へ控へ、しばらく相待つべし。将軍塚しやうぐんづかへ上せつる勢、すでに軍を始むと見ば、この陣よりつはものを進めて戦はしむべし。その時に至つて、御辺たち敵の前後左右に旗を差し上げて、馬の足を静めず、前にあるかとせば後ろへ抜け、左にあるかとせば右へまはつて、七縦しちじゆう八横はちわうに乱れて敵に見するほどならば、敵の大勢は、かへつて御方の勢に見へて、同士打ちをするか、引いて退くか、尊氏この二つの中を出づべからず」。韓信がはかりことを出だしかば、諸大将だいしやうの中より、逞兵ていへい五十騎づつすぐり出だして、二千余騎各々一様いちやうに、中黒なかぐろの旗を巻いて、もんを隠し、笠符かさじるしを取つて袖の下にをさめ、三井寺みゐでらより引きをくれたる勢の真似をして、京勢きやうぜいの中へぞ馳せくははりける。




義貞朝臣(新田義貞)が弓杖に寄りかかって下知するには、「敵の勢に味方を比べれば、大海の一滴、九牛の一毛である。ただ世の常の軍をしたところで、勝つことは叶わぬ。互いに面を知られておらぬ侍ども、五十騎ずつ手を分けて、笠符を取り捨て、旗を巻いて、敵の中に紛れ入り、ここかしこに控え、しばらく待て。将軍塚(現京都市東山区華頂山上にある塚)に上せた勢が、軍を始めたと見れば、この陣より兵を進めて戦わせる。その時になれば、お主たちは敵の前後左右に旗を差し上げて、馬の足を休ませず、前にあるかと思えば後ろへ抜け、左にあるかと思えば右へ廻って、七縦八横に乱れて敵に見せよ、敵の大勢は、味方の勢と思い、同士討ちをするか、引いて退くか、尊氏(足利尊氏)の軍はこのどちらかとなるであろう」。韓信(秦末から前漢初期にかけての武将)の謀によって、諸大将の中より、逞兵([たくましく勇ましい兵士])を五十騎ずつ選び出して、二千余騎各々一様に、中黒(大中黒。新田氏の家紋)の旗を巻いて、紋を隠し、笠符を取って袖の下に隠し、三井寺(現滋賀県大津市にある園城寺)より引き遅れた勢の振りをして、京勢の中に馳せ加わりました。


続く


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by santalab | 2016-07-21 08:28 | 太平記 | Comments(0)

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