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「太平記」正月二十七日合戦事(その3)

されば左右なく寄せ着きて人の攻むべき様もなかりけるを、助註記じよちゆうき祐覚いうかく同宿どうじゆくども三百余人、一番に木戸口に着いて屏を隔てて戦ひけるが、高櫓たかやぐらより大石数多あまた投げ懸けられて引き退くところに、南岸なんがん円宗院ゑんじゆうゐんが同宿共五百余人、入れ替はつてぞ攻めたりける。これも城中に名誉の精兵せいびやうども多かりければ、走りまはつて射けるに、多く物の具を通されて敵はじとや思ひけん、皆持楯もつだての陰に隠れて、「新手替はれ」とぞ招きける。ここに妙観院めうくわんゐんの因幡の竪者りつしや全村ぜんそんとて、三塔さんたふ名誉の悪僧あり。くさりの上に大荒目おほあらめの鎧を重ねて、備前長刀なぎなた鎬下しのぎさがりに菖蒲形しやうぶかたちなるを脇に差し挟み、の太さは世の常の人の蟇目ひきめ柄にする程なる三年竹を、もぎつけに押し削りて、長船打をさふねうちのやじり五分鑿ごぶのみ程なるを、筈本はずもとまで中子なかごを打ち通しにして捻ぢげ、沓巻くつまきの上を琴の糸を以つて根太ねた巻きに巻いて、三十六さんじふろく差したるを、森の如くに負ひなし、態と弓をば持たず、これは手衝てつきにせんが為なりけり。切り岸の面に仁王立ちに立つて名乗りけるは、「先年三井寺みゐでらの合戦の張本ちやうぼんに召されて、越後ゑちごの国へ流されたりし妙観院めうくわんゐん高因幡あらいなば全村ぜんそんと言ふは我が事なり。城中の人々この矢一つまゐらせ候はん。遊ばれて御覧候へ」と言ふままに、上差うはざ一筋ひとすぢ抽き出でて、やぐら小間さま手突てづきにぞ突いたりける。この矢不誤、矢間さまの陰に立ちたりける鎧武者よろひむしや栴檀せんだんの板より、後ろの角総著あげまきつけの金物かなものまで、裏表二重うらおもてふたへとほつて、矢前やさき二寸許り出でたりける間、その兵やぐらより落ちて、二言も不云死にけり。




ですから軽率に寄せて敵が攻めるとも思えませんでしたが、助註記祐覚の同宿ども三百余人は、一番に木戸口に着いて屏を隔てて戦いました、高櫓より大石を数多く投げ懸けられて引き退くところに、南岸円宗院の同宿共五百余人が、入れ替わって攻めました。これも城中に名誉の精兵([弓を引く力の強いこと。また、その者])どもが多くいましたので、走り廻って射る矢に、多くが物の具([武具])を射通されて敵わないと思ったか、皆持楯の陰に隠れて、「新手よ替われ」と手招きしました。ここに妙観院の因幡竪者全村という、三塔名誉の悪僧がいました。鎖の上に大荒目の鎧を重ねて、備前長刀の鎬下がり([薙刀 などで、鎬=刀剣で、刃と峰との間に刀身を貫いて走る稜線。が切っ先 よりやや下方の位置まであるもの])の菖蒲形([ショウブの葉の形に似ていること。特に、刀身についていう])のものを脇に差し挟み、箆([矢の竹の部分])の太さは世の常の人なら蟇目柄([蟇目=かぶら。を付けて用いる太い矢柄])にするほどの三年竹を、もぎつけ(捥ぎ付け?)に押し削り、長船(備前長船)打ちの五分鑿ほどの大きさの鏃を、筈本([矢の端の、弓の弦に番える切り込みのある部分])まで中子([鏃の根元])を打ち通しにして
差し込み、沓巻([矢のの先端で、鏃をさし込んだ 口もとを固く糸で巻き締めてある部分])の上を琴の糸をもって根太巻き([矢篦やのの、沓巻の上の糸で巻いてある部分])に巻いて、三十六差したうつほ([矢を入れて背負う武具])を、森の如く負い、弓を手に持っていませんでした、これは手突き([弓を使わず、矢を手で投げつけて突き刺すこと])にするためでした。切り岸の面に仁王立ちに立って名乗るには、「先年三井寺(現滋賀県大津市にある園城寺)の合戦の張本([悪事などを起こすもと。また、その人])に召されて、越後国へ流されたり妙観院の高因幡全村と言うのは我がことよ。城中の人々にこの矢一つ参らすぞ。遊ばれて見よ」と言うままに、上差し([征矢])を一筋抜き出すと、櫓の狭間([城壁に設けた、矢や鉄砲を発射するための小穴])より手突きに突きました。この矢は誤たず、狭間の陰に立っていた鎧武者の栴檀の板([大鎧の付属具。右の肩から胸 にかけて着け、胸板の右の隅の隙間を覆うさね仕立ての板。高紐たかひもを切られるのを防ぐ])より、後ろの総角付の板([鎧の部分の名。胴の背の二枚目の板])の金物まで、裏表二重を射通し、矢先二寸ばかり貫いたので、兵は櫓から落ちて、二言も言わず死にました。


続く


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by santalab | 2016-08-02 08:34 | 太平記 | Comments(0)

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