Santa Lab's Blog


「太平記」大樹摂津国豊嶋河原合戦事(その4)

官軍くわんぐんがたは並べて言ふべきほどもなき小勢なりけれども、元来ぐわんらいの兵は、これ人の大事にあらず、我が身の上の安否と思ひ、新手の土居・得能は、今日の合戦言ふなき甲斐しては、河野かうのの名を失うべしと、機をとき心を励せり。されば両陣いまだ戦はざるさきに安危の端機にあらはれて、勝負の色暗に見えたり。されども新手のしるしなれば、大伴・厚東・大内おほちが勢三千余騎、一番に旗を進めたり。土居どゐ・得能後ろへつと駆け抜けて、左馬のかみの控へ給へる打出の宿の西の端へ駆けとほり、「葉武者はむしやどもに目な懸けそ、大将に組め」と下知げぢして、風の如くに散らし雲の如くに集つて、をめひて駆け入り、駆け入つては戦ひ、戦ふては駆け抜け、千騎が一騎になるまでも、引くなと互ひにはぢしめておもても振らず戦ひける間、左馬の頭敵はじとや思はれけん、また兵庫を指して引き給ふ。




官軍(第九十六代後醍醐天皇)方は比べようもない小勢でしたが、元よりの兵は、人の大事ではなく、我が身の上の安否と思い、新手の土居・得能は、今日の合戦で甲斐なき軍をしては、河野の名を失うであろうと、思い気を奮い起たせました。こうして両陣がまだ戦わぬ前に安危の端が顕れて、勝負の色は暗に見えるようでした。しかしながら新手でしたので、大伴・厚東・大内の勢三千余騎が、一番に旗を進めました。土居・得能の後ろへさっと駆け抜けると、左馬頭(足利直義ただよし。足利尊氏の弟)が控える打出宿(現兵庫県芦屋市)の西の端へ駆け通り、「葉武者([身分の低い、取るに足りない武者])どもを相手にするな、大将と組め」と命じて、風の如く敵を散らし雲の如くに集まって、喚いて駆け入り、駆け入っては戦い、戦っては駆け抜け、千騎が一騎になろうとも、引くなと互いに恥しめて面も振らず戦ったので、左馬頭は敵わないと思ったか、また兵庫(現兵庫県神戸市兵庫区)を指して引きました。


続く


[PR]
by santalab | 2016-08-13 09:16 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」大樹摂津国豊嶋河原合...      「太平記」大樹摂津国豊嶋河原合... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧