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「太平記」賀茂神主改補事(その4)

この上のあはたれかと思へるところに、そつの宮御文あり。これはさしも色深からぬ花染めのかほかへりたるに、言葉はなくて、

数ならぬ みののを山の 夕時雨 つれなき松は 降るかひもなし

と遊ばされたり。この御歌を見て、娘そぞろに心あこがれぬと思えて、手に持ちながら詠じ伏したりければ、早やいづれをかと言ふべきほどもなければ、帥の宮の御使ひそぞろに独りみして帰り参りぬ。やがてその夜の深け過ぐるほどに、牛車うしぐるまさはやかに取りまかないて、御迎ひに参りたり。滝口なりける人、中門のかたはらに休らひ兼ねて、夜も早や丑三つになりぬと急げば、娘下簾したすだれを掲げさせて、扶けられ乗ろうとしけるところに、父の基久もとひさ外より帰りまうで来て、「これはいづ方へぞ」と問ふに、母上、「帥の宮召しありて」と聞こゆ。




これ以上の悲しみはないと思われるところに、帥宮(後の第九十六代後醍醐天皇)から文がありました。それはさして色深くはない花染めに、言葉はなくて、

数にも入らぬ我が身ではあるが、美濃の小山(小山寺?現岐阜県美濃加茂市)に降る夕時雨のように涙に暮れておるぞよ。つれない松のような身には、どうしようもないことではあるが。

と書かれていました。この歌を見て、娘は思わず強く心惹かれて、文を持ちながら詠み伏したので、すでにいずれをというまでもないことでした、帥宮の使いは思わず微笑みながら帰りました。やがてその夜の深け過ぎるほどに、牛車を麗しく仕立てて、迎えに参りました。滝口([滝口の武士=宮中の警護にあたった武士])と思われる使いは、中門の傍らに待ち兼ねて、夜も早や丑三つ([午前三時頃])になりましたと急がせると、娘は下簾を上げさせて、助けられて乗ろうとするところに、父の基久が外より帰って来て、「これはどこへ行くのだ」と訊ねると、母上は、「帥宮からのお召しでございます」と答えました。


続く


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by santalab | 2016-09-02 23:59 | 太平記 | Comments(0)

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