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「太平記」住吉合戦の事(その4)

三河みかはかみこれを見て、一騎合ひの勝負は叶はじとや被思けん。「以大勢これを取り篭めよ」と、百四五十騎にて横合ひに被懸たり。楠木これを見て、「和田にぎた討たすな続けや」とて、相懸あひがかりに懸かつて責め戦ふ。太刀の鐔音つばおと天に響き、汗馬かんばの足音地を動かす。互ひに御方を恥ぢしめて、「引くな進め」と云ふ声に退く兵なかりけり。されども大将山名伊豆いづの守すでに疵をかうむり、また入れ替はる御方の勢はなし、可叶とも思へざりければ、歩立かちだちになるつはものども、伊豆の守の馬の口を引き向けて、後陣ごぢんの御方と一処にならんと、天王寺てんわうじを指して引き退く。楠木いよいよ気に乗つて、追つ懸け追つ懸け責めける間、山名三河の守・原の四郎太郎しらうたらう・同じき四郎次郎しらうじらう、兄弟二騎、犬飼いぬかひ六郎ろくらう、主従三騎、かへし合はせて討たれにけり。二陣に控へたる土岐周済房ときしゆさいばう・佐々木の六郎左衛門ろくらうざゑもん三百余騎にて安部野の南に懸け出でて、しばし支へて戦ひけるが、目賀田めかだ・馬淵の者ども、三十八騎一所にて討たれにける間、この陣をも被破て共に天王寺へと引きし去る。




三河守(山名兼義かねよし。山名時氏ときうぢの弟)はこれを見て、一騎合いの勝負は敵うまいと思いました。「大勢でやつらを取り籠めよ」と、百四五十騎で横合いに駆け出ました。楠木(楠木正行まさつら。楠木正成の嫡男)はこれを見て、「和田(和田にぎた賢秀けんしう)を討たすな続け」と、相懸かりに懸かって攻め戦いました。太刀の鐔音は天に響き、汗馬の足音は地を動かすほどでした。互いに味方を罵って、「引くな進め」と言う声に退く兵はありませんでした。けれども大将山名伊豆守(山名時氏)はすでに疵を被り、また入れ替わる味方の勢もなく、敵うとも思えなかったので、歩立ちになった兵どもは、伊豆守の馬の口を引き向けて、後陣の味方と一所になろうと、天王寺(現大阪市天王寺区にある四天王寺)を指して引き退きました。楠木(正行)はますます気に乗って、追い懸け追い懸け攻めたので、山名三河守(兼義)・原四郎太郎・同じく四郎次郎、兄弟二騎、犬飼六郎、主従三騎が、返し合わせて討たれました。二陣に控えた土岐周済房(土岐頼明よりあき?土岐頼貞よりさだの子)・佐々木六郎左衛門が三百余騎で安部野(現大阪市阿倍野区)の南に駆け出て、しばし支えて戦いましたが、目賀田・馬淵の者ども、三十八騎が一所で討たれたので、この陣をも破れてともに天王寺へと引き退きました。


続く


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by santalab | 2016-09-11 07:03 | 太平記 | Comments(0)

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