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「太平記」聖主又臨幸山門事(その1)

官軍くわんぐん総大将そうだいしやう義貞よしさだ朝臣、わづかに六千余騎に打ちなされて帰洛せられければ、京中きやうぢゆうの貴賎上下色を損じてあわて騒ぐ事限りなし。官軍もし戦ひに利を失はば、前の如く東坂本へ臨幸なるべきに兼ねてより儀定ぎぢやうありければ、五月十九日主上しゆしやう三種さんじゆ神器じんぎを先に立てて、竜駕りようがをぞ廻らされける。浅ましや、元弘の初めに公家天下を一統せられて、三年を過ぎざるに、この乱また出で来て、四海の民安からず。しかれども去んぬる正月の合戦に、朝敵てうてきたちまちに打ち負けて、西海の浪に漂ひしかば、これ聖徳のあらはるる処なり。今はよもかみをかさんと好み、乱を起こさんとする者はあらじとこそ思へつるに、西戎せいじゆうたちまちに襲ひ来たつて、一年の内に二度まで天子都を移させ給へば、今は日月も昼夜を照らす事なく、君臣も上下を知らぬ世になつて、仏法・王法ともに滅すべき時分にやなりぬらんと、人々心を迷はせり。されどもこの春も山門へ臨幸なつて、なきほどに朝敵てうてき退治たいぢせられしかば、またさる事やあらんと定めなき頼みに積習せきしふして、この度は、公家にも武家にも供奉ぐぶ仕る者多かりけり。摂録せふろくの臣は申すに及ばず、公卿くぎやうには吉田の内大臣定房さだふさ万里小路までのこうぢ大納言宣房のぶふさ竹林院ちくりんゐんの大納言公重きんしげ御子左みこひだんの大納言為定ためさだ四条しでうの中納言隆資たかすけ坊城ばうじやうの中納言経顕つねあき洞院とうゐん左衛門さゑもんかみ実世さねよ千種ちくさ宰相さいしやう中将忠顕ただあき葉室はむろの中納言長光ながみつ中御門なかのみかど宰相宣明のぶあきら殿上人てんじやうびとには中院なかのゐん左中将さちゆうじやう定平さだひら・坊門の左大弁清忠きよただ・四条の中将隆光たかみつそのの中将基隆もとたか甘露寺かんろじ左大弁藤長ふぢなが・岡崎右中弁範国のりくに・一条とうの大夫行房ゆきふさ、この外衛府諸司ゑふしよし外記げきくわん人・北面・有官うくわん無官むくわんの滝口・諸家のさぶらひ・官僧・官女・医陰いおんの両道に至るまで、我も我もと供奉ぐぶ仕る。




官軍の総大将義貞朝臣(新田義貞)が、わずかに六千余騎に打ちなされて帰洛したので、京中の貴賎上下は顔色を失ってあわて騒ぐこと限りありませんでした。官軍がもし戦いに利を失うことあらば、以前のように東坂本(現滋賀県大津市)に臨幸あさるべきと儀定がありましたので、五月十九日に主上(第九十六代後醍醐天皇)は三種の神器を先に立て、竜駕([天子の 乗用する車])を廻らしました。残念なことでした、元弘の初めに公家が天下を一統して、三年を過ぎないうちに、この乱がまた起こって、四海([国内])の民は安心できませんでした。けれども去る正月の合戦で、朝敵はたちまちに打ち負けて、西海の浪に漂いました、これは聖徳の顕れるところでした。今はまさか上(天皇)を害そうとして、乱を起こそうとする者はいないと思えましたが、西戎がたちまちに襲い来て、一年の内に二度までも天子は都を移されました、今は日月も昼夜を照らすことなく、君臣も上下を知らぬ世になって、仏法・王法ともに滅ぶ時分になったのではと、人々は心を迷わせました。けれどもこの春も山門(延暦寺)に臨幸になられて、なきほどに朝敵を退治したので、また同じくと定めなき頼みに積習([長い間習い続けること])して、この度は、公家にも武家にも供奉する者が多くいました。摂籙([摂政、または関白のこと。また、その家柄])の臣は申すに及ばず、公卿では吉田内大臣定房(吉田定房)・万里小路大納言宣房(万里小路宣房)・竹林院大納言公重(西園寺公重)・御子左大納言為定(二条為定)・四条中納言隆資(四条隆資)・坊城中納言経顕(勧修寺経顕)・洞院左衛門督実世(洞院実世)・千種宰相中将忠顕(千種忠顕)・葉室中納言長光(葉室長光)・中御門宰相宣明(中御門宣明)、殿上人には中院左中将定平(中院定平)・坊門左大弁清忠(坊門清忠)・四条中将隆光(四条隆光)・園中将基隆(園基隆)・甘露寺左大弁藤長(甘露寺藤長)・岡崎右中弁範国(岡崎範国)・一条頭大夫行房(世尊寺行房)、このほか衛府諸司・外記([律令制において朝廷組織の最高機関・太政官に属した職の一])・史([神祇官・太政官弁官局におかれた官職])・官人・北面([北面武士]=[北面=院の御所を警固する武士の詰め所。に詰める武士])・有官・無官の滝口([宮中の警衛にあたった武士])・諸家の侍・官僧([天皇から得度を許され、戒壇において授戒をうけた仏僧])・官女・医陰両道に至るまで、我も我もと供奉しました。


続く


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by santalab | 2016-09-15 09:12 | 太平記 | Comments(0)

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