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「太平記」備中福山合戦事(その3)

城中の者どもは、かねてより思ひまうけたる事なれば、雲霞の勢に囲まれぬれども少しも騒がず、ここかしこの木陰に立ち隠れて、矢種を惜しまず散々に射ける間、寄せ手稲麻たうまの如くに立ち並びたれば、浮矢あだやは一つもなかりけり。敵に矢種を尽くさせんと、寄せ手はわざと射ざりければ、城の勢はいまだ一人も手負はず。大江田おいだ式部の大輔たいふこれを見給ひて、「さのみ精力の尽きぬ先に、いざや打ち出でて、左馬のかみが陣一散らし駆け散らさん」とて、城中には徒立かちだちなるつはもの五百余人を留めて、馬強むまづよなる兵千余騎引率いんぞつし、木戸を開かせ、逆茂木を引き退けて、北の尾の殊にけはしき方よりをめいてぞ駆け出でられける。一方の寄せ手二万余騎これに駆け落とされ、谷底に馬を馳せ込み、いやが上に重なり臥す。式部の大輔これをば打ち捨て、「東の離れ尾に二引両ふたつひきりやうの旗の見ゆるは、左馬のかみにてぞあるらん」とて、二万余騎控へたる勢の中へ割つて入り、時移るまでぞ戦はれける。「これも左馬の頭にてはなかりける」とて、大勢の中をさつと駆け抜けて御方の勢を見給へば、五百余騎討たれてわづかに四百騎になりにけり。




城中の者どもは、かねてより覚悟の上のことでしたので、雲霞の勢に囲まれても少しも騒がず、ここかしこの木陰に立ち隠れて、矢種を惜しまず散々に矢を射ました、寄せ手は稲麻の如く立ち並んでいたので、挿さらぬ矢は一つもありませんでした。敵に矢種を尽くさせようと、寄せ手はわざと矢を射ませんでしたので、城の勢はいまだ一人も手負うものはいませんでした。大江田式部大輔(大井田義政よしまさ)はこれを見て、「勢力が尽きぬ前に、城を打ち出て、左馬頭(足利直義ただよし。足利尊氏の弟)の陣を一散らし駆け散らそうではないか」と申して、城中には徒立ちの兵五百余人を留めて、馬強の兵千余騎を引率し、木戸を開かせ、逆茂木を引き退けて、北の尾のとりわけ険しい方より喚いて駆け出ました。一方の寄せ手二万余騎はこれに駆け落とされ、谷底に馬を馳せ落とし、いやが上にも重なり倒れました。式部大輔はこれをば打ち捨て、「東の離れ尾に二つ引両(足利氏の紋)の旗が見える、左馬頭に違いない」と申して、二万余騎が控える勢の中へ割って入り、時が移るまで戦いました。「ここにも左馬頭はいなかったか」と申して、大勢の中をさっと駆け抜けて味方の勢を見れば、五百余騎が討たれてわずかに四百騎になっていました。


続く


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by santalab | 2016-09-19 09:05 | 太平記 | Comments(0)

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