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「太平記」師直師泰出家事付薬師寺遁世事(その1)

斯かるところに、東の木戸を荒らかに叩く人あり。諸人驚きて、「そ」と問へば、夕べ落ちたりと沙汰せし饗庭命鶴丸あいばみやうづるまるが声にて、「御合体ごがつていになつて、合戦はあるまじきにて候ふぞ。楚忽そこつ御自害ごじがい候ふな」とぞ呼はりける。こはそも何とある事ぞやとて急ぎ木戸を開きたれば、命鶴みやうづる将軍しやうぐん御前おんまへに参つて、「夕べ事の由をも申さで、罷り出で候ひしが、早や落ちたりとぞ思し召し候ひつらん。御方の軍勢の気を失ひ、色を損じたる体を見候ひしに、かくては戦ふとも勝ち難く、落つとも延びさせ給はじと思へ候ひたる間、畠山阿波あは将監しやうげんが陣へ罷り向かひ候ひて、御合体の由を申して候へば、錦小路殿にしきのこうぢどのも、ただ暮れ暮れその事をのみこそおほせ候へ。執事兄弟の不義も、ただ一往いちわう思ひ知らするまでにて候へば、執事深く誅伐せらるまでの義も候ふまじ。親にも越えて睦しきは、同気兄弟の愛なり。子にも劣らずなつかしきは、多年主従のよしみなり。禽獣きんじうも皆その心あり。いはんや人倫じんりんにおいてをや。たとひ合戦に及ぶとも、情けなく沙汰を致すなと、八幡より賜ひて候ふ御文数通候ふとて、取り出だして見せられ候つる」と、命鶴委細ゐさいまうしければ、将軍も執事兄弟も、さては子細あらじとて、その夜の自害は留まりてげり。




そうこうするところに、東の木戸を激しく叩く者がいました。諸人は驚いて、「誰か」と訊ねると、夕べ落ちたと話していた饗庭命鶴丸(饗庭氏直うぢなお)の声でした、「(足利尊氏と高師直・師泰が)ご合体になって、合戦はなさらぬように。楚忽([軽はずみなこと])にご自害なさいますな」と叫びました。これはどういうことかと急ぎ木戸を開くと、命鶴将軍(饗庭氏直うぢなお)の御前に参って、「夕べ理由も申さず、罷り出ましたが、はや落ちたと思われたと思っておられたことでございましょう。味方の軍勢が気を失い、色を損じた様子を見て、これでは戦うとも勝ち難く、落ちるとも果せることはないと思い、合体の由を申せば、錦小路殿(足利直義ただよし。足利尊氏の弟)も、ただ暮れ暮れそのことばかり申されておられるということでございます。執事兄弟(高師直もろなほ師泰もろやす)の不義も、ただひとまず思い知らせるまでのことでございますれば、執事(高師直)を誅伐なさるお積りはないとのことでございます。親にも越えて睦まじきは、同気([気の合った仲間])兄弟の愛でございます。子にも劣らず離れ難きは、多年主従の好みでございます。禽獣でさえも皆その心を持っておりまする。申すまでもなく人倫([人])でございますれば。たとえ合戦に及ぶとも、情けなく沙汰を致すなと、八幡(現京都府八幡市にある石清水八幡宮)より賜った文が数通あると、取り出して見せてもらいました」と、命鶴に委細に申したので、将軍(足利尊氏)も執事兄弟(高師直・師泰)も、ならば異存はないと、その夜の自害はありませんでした。


続く


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by santalab | 2016-09-19 21:22 | 太平記 | Comments(0)

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