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「太平記」備中福山合戦事(その4)

ここにて城の方を遥かに観れば、敵早や入り替はりぬと見へてやぐら掻楯かいだてに火を懸けたり。式部の大輔たいふその兵を一所に集めて、「今日の合戦今はこれまでぞ、いざや一方打ち破つて備前へ帰り、播磨・三石みついしの勢と一つにならん」とて、板倉の橋を東へ向かつて落ち給へば、敵二千騎・三千騎、ここかしこに道を塞いで打ち留めんとす。四百余騎の者どもも、遁れぬところぞと思ひ切つたる事なれば、近付く敵の中へ割つて入り、駆け散らし、板倉川いたくらかはの辺より唐川からかはまで、じふ余度までこそ戦ひけれ。されども兵もさのみ討たれず、大将も無恙りければ、虎口ここうの難を遁れて、五月十八日の早旦さうたんに、三石の宿にぞ落ち着きける。左馬のかみ直義ただよしは、福山の敵を追ひ落として、事始めよしと悦び給ふ事なのめならず。その日一日唐川の宿に逗留とうりうあつて、首の実検ありけるに、生け捕り・討ち死にの首千三百五十三と記せり。




ここで城の方を遥かに見れば、敵がすでに入れ替わったと見えて櫓・掻楯に火が懸かっていました。式部大輔(大井田義政よしまさ)は兵を一所に集めて、「今日の合戦今はこれまでぞ、それ一方を打ち破って備前へ帰り、播磨・三石(現岡山県備前市)の勢と一つになろう」と申して、板倉橋(現岡山県岡山市北区)を東へ向かって落ちると、敵は二千騎・三千騎で、ここかしこに道を塞いで討ち止めようとしました。四百余騎の者どもも、遁れぬところと思い切っていたので、近付く敵の中へ割って入り、駆け散らし、板倉川(現岡山県岡山市北区)の辺より唐川(現岡山県岡山市北区)まで、十余度まで戦いました。けれども兵はさほど討たれず、大将も無事でしたので、虎口の難を遁れて、五月十八日の早旦に、三石宿に落ち着きました。左馬頭直義(足利直義。足利尊氏の弟)は、福山(現岡山県総社市)の敵を追い落として、事始めよしとたいそうよろこびました。給ふ事なのめならず。その日一日唐川宿に逗留して、首実検がありました、生け捕り・討ち死にの首千三百五十三と記しました。


続く


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by santalab | 2016-09-20 09:13 | 太平記 | Comments(0)

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