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「太平記」師直師泰出家事付薬師寺遁世事(その4)

三間さんけん茅屋ばうをく千株せんしゆの松風、殊に人間の外の天地なりけりと、心も澄み身も安く思へければ、

高野山たかのやま 憂き世の夢も 覚めぬべし その暁を 松の嵐に

と詠みて、しばしは閑居幽隠いういんの人とぞなりたりける。仏種は縁より起こる事なれば、かやうについでを以つて、浮世を思ひ捨てたるは、やさしく優なる様なれども、越後ゑちご中太ちゆうた義仲よしなかを諌めかねて、自害をしたりしには、無下に劣りてぞ思えたる。




三間の茅屋に千株の松風、殊更人間界のほかの天地であると、心も澄み身も安く思われて、

高野山に来て憂き世の夢が覚めた。松に吹く嵐風を聞いてその暁([待ち望んでいたことが実現する])を知る。

と詠んで、(薬師寺公義きんよしは)しばらく閑居幽隠の人となりました。仏種([仏となるための種子しゆうじ=唯識、人間の心の根元である阿頼耶識あらやしきの中にあって、あらゆる現象を生じさせる原因。仏性])は縁より起こるものなれば、こうして機会を得て、浮世を捨てたのは、優れた行いでしたが、越後中太(越後家光いへみつ。木曽義仲の家人)が義仲を諌めかねて、自害をしたには、劣っているように思われました。


続く


by santalab | 2016-09-20 12:21 | 太平記

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