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「太平記」備中福山合戦事(その6)

城中の勢ども、これに機を得て、舟坂山ふなさかやまに出で合ひ、道を塞いで散々に射る。宵の間の月、山に隠れて、前後定かに見へぬ事なれば、親討たれ子討たるれども、ただ一足も先へこそ行き延びんとしけるところに、菊池が若党わかたうに、原の源五・源六とて、名を得たる大剛たいかうの者ありけるが、わざと後に引き下がりて、御方の勢を落とさんと、防ぎ矢を射たりける。矢種皆射尽くしければ、打ち物の鞘をはづして、「傍輩はうばいどもあらば返せ」とぞ呼ばはりける。菊池が若党どもこれを聞きて、遥かに落ち延びたりける者ども、「それがしここにあり」と名乗り懸けて返し合はせける間、城よりり合はせける敵ども、さすがに近付き得ずして、ただ余所の峰々に立ち渡つて鬨の声をぞ作りける。その間に数万の官軍くわんぐんども、一人も討たるる事なくして、大江田おいだ式部の大輔たいふ、その夜の曙には山の里へ着きにけり。和田にぎた備後のかみ範長のりなが・子息三郎高徳たかのり、佐々木の一党が舟より上がる由を聞きて、これを防がん為に、西川尻にしかはじりに陣を取つて居たりけるが、福山すでに落とされぬと聞こへければ、三石みついしの勢と成り合はんが為に、九日の夜に入つて、三石へぞ馳せ着きける。




城中の勢どもは、これに時を得て、船坂山(現岡山・兵庫県境にある船坂峠)で合流し、道を塞いで散々に矢を射ました。宵の月は、山に隠れて、前後も定かに見えませんでしたので、親が討たれ子が討たれようとも、ただ一足も先へと行き延びようとするところに、菊池(菊池武重たけしげ。菊池氏の第十三代当主)の若党に、原源五・源六という、名を得た大剛の者がいましたが、わざと後に引き下がって、味方の勢を逃がそうと、防ぎ矢を射ました。矢種を皆射尽くすと、打ち物([太刀])の鞘を外して、「傍輩([同じ主人に仕えたり、同じ先生についたりしている仲間])どもよおれば返せ」と叫びました。菊池の若党どもはこれを聞いて、遥かに落ち延びた者どもも、「某はここだ」と名乗り懸けて返し合わせたので、城より下り合わせた敵どもは、さすがに近付くことができずに、ただ余所の峰々に立ち並んで鬨の声を作りました。その間に数万の官軍どもは、一人も討たれることもなく、大江田式部大輔(大井田義政よしまさ)は、その夜の曙には山の里(広山里?現兵庫県揖保郡)に着きました。和田備後守範長(児島範長)・子息三郎高徳(児島高徳)は、佐々木(佐々木道誉)の一党が舟より上がると聞いて、これを防ぐために、西川尻(現岡山県岡山市)に陣を取っていましたが、福山(現岡山県総社市)がすでに落とされたと聞こえたので、三石(現岡山県備前市)の勢と合体するために、九日(五月十九日?)の夜に入って、三石に馳せ着きました。


続く


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by santalab | 2016-09-23 07:35 | 太平記 | Comments(0)

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