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「太平記」師直以下被誅事付仁義血気勇者の事(その2)

この人天下の執事にてありつるほどは、いかなる大名高家も、その笑める顔を見ては、千鍾せんしようの禄、万戸ばんここうを得たるが如く悦び、少しも心に合はぬ気色を見ては、たきぎを負うて焼原を過ぎ、らいを戴いて大江を渡るが如く恐れき。いかにいはんや将軍しやうぐんと打ち双べて、馬を進め給はんずるその中へ、誰か隔て先立つ人あるべきに、名も知らぬ田舎ゐなか武士、無云許人の若党わかたうどもどもに押し隔てられ押し隔てられ、馬ざくりの水を蹴懸けられて、衣深泥にまみれぬれば、身を知る雨の止む時なく、泪や袖を濡らすらん。執事兄弟武庫川むこがはを打ち渡つて、小堤こつつみの上を過ぎける時、三浦八郎左衛門はちらうざゑもんが中間二人ににんわしり寄りて、「ここなる遁世者の、顔をかくすは何者ぞ。その笠脱げ」とて、執事の着られたる蓮の葉笠はがさを引つ切つて捨つるに、ほうかぶりはづれて片顔かたかほの少し見へたるを、三浦八郎左衛門、「あはれ敵や、所願の幸かな」と悦びて、長刀の柄を取り延べて、胴中を切つて落とさんと、右の肩先より左の小脇まで、きつさき下がりに切り付けられて、あつと云ふところを、重ねて二打ち打つ、打たれて馬よりどうど落ちければ、三浦馬より飛んで下り、首を掻き落として、長刀の鋒に貫いて差し上げたり。




師直もろなほが天下の執事であった時には、いかなる大名高家も、その笑む顔を見ては、千鍾(一鍾は六石四斗。約600リットル)の禄、万戸の侯(領主)を得たようによろこび、わずかも心に合わぬ気色を見ては、薪を背負負って焼原(春先、晴天で風のない日、火を 放って野原の枯草を焼き払った)を過ぎ、雷に打たれながら大江を渡るかのように恐れました。ましてや将軍(足利尊氏)と並んで、馬を進むその中へ、誰か隔て先立つ者もあろうはずもありませんでしたが、人もあるべきに、名も知らぬ田舎武士、言うばかりもない若党どもに押し隔てられ押し隔てられ、馬決り([馬がひづめで水や泥を蹴り立てること])の水を蹴懸けられて、衣は深泥にまみれて、身を知る雨の止む時もなく、涙は袖を濡らしたことでしょう。執事兄弟(高師直・師泰もろやす)は武庫川を打ち渡って、小堤([あぜ])の上を過ぎる時、三浦八郎左衛門(上杉能憲よしのりの家臣)の中間([武士の下位の者])二人が走り寄って、「そこの遁世者の、顔を隠す者は何者ぞ。その笠を脱げ」と言って、執事がかぶっていた蓮葉笠を引き切って捨てると、ほうかぶりが外れて片顔([顔の半分])が少し見えました、三浦八郎左衛門は、「やはり敵であったか、思った通りよ」とよろこんで、長刀の柄を延ばして、胴中を斬って落とそうとしました、(高師直は)右の肩先より左の小脇まで、切っ先下がりに斬りつけられて、あっと言うところを、(三浦八郎左衛門は)重ねて二打ち打ちました、(高師直は)打たれて馬より落ちると、三浦(八郎左衛門は)馬より飛んで下り、首を掻き落として、長刀の切っ先に貫いて差し上げました。


続く


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by santalab | 2016-09-29 17:32 | 太平記 | Comments(0)

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