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「太平記」師直以下被誅事付仁義血気勇者の事(その5)

執事の子息武蔵五郎をば、西さいの左衛門四郎これを生け虜つて、高手小手にいましめて、その日の暮れをぞ相待ちける。この人は二条にでうさきの関白太臣の御妹、無止事御腹に生まれたりしかば、貌容はうよう人に勝れ心様優にやさしかりき。されば将軍も御覚へ異于他、世の人ときめき合へる事限りなし。才あるも才なきも、 その子を悲しむは人の父たる習ひなり。いはんや最愛の子なりしかば、塵をも足に蹈ませじ荒き風にも当てじとて、扱い、いつき、かしづきしに、いつの間に尽き果てたる果報ぞや。年未だ十五に不満、荒き武士に生け虜られて、暮るるを待つ間の露の命、消えん事こそ哀れなれ。夜に入りければ、いましめたる縄を解きゆるしてすでに切らんとしけるが、この人の心の程を見んとて、「命惜しく候はば、今夜すみやかにもとどりを切つて僧か念仏衆かに成らせ給ひて、一期いちご心安く暮らさせ給へ」と申しければ、先づその返事をばせで、「執事は何と成らせ給ひて候ふとか聞こへ候ふ」と問ひければ、西さいの左衛門四郎、「執事は早や討たれさせ給ひて候ふなり」と答ふ。「さては誰が為にかしばしの命をも惜しみ候ふべき。死手の山三途さんづの大河とかやをも、共に渡らばやと存じ候へば、ただ急ぎ首を被召候へ」と、死を請うて敷皮しきがはの上に居直ゐなほれば、切り手泪を流して、しばしは目をも不持上、後ろに立つて泣き居たり。かくてさてあらずは、遂に首を打ち落とす。




執事(高師直もろなほ)の子息武蔵五郎(高師夏もろなつ)は、西左衛門四郎に生け捕られて、高手小手([両手を後ろにまわして、首から縄をかけ、二の腕から手首まで厳重に縛り上げること])に縛られて、その日の暮れを待っていました。この人は二条前関白太臣(二条兼基かねもと)の妹、高貴の子として生まれたので、姿かたち人に勝り心様にとりわけ優れていました。こうして将軍(足利尊氏)の寵愛も格別で、世の人とときめくこと限りありませんでした。才あるも才なきも、子を大事にするのは人の父としての習いでした。申すまでもなく最愛の子でしたので、塵をも足に踏ませまい強風にも当てまいと、育て、世話をし、大切にしていましたが、いつの間に果報が尽き果てたのでしょう。年いまだ十五に満たず、荒々しい武士に生け捕られて、日が暮れるのを待つ露の命が消えようとすることは悲しいことでした。夜に入れば、縛っていた縄を解き解かれてすでに斬られようとしていましたが、この人(高師夏)の心様を見ようと、「命が惜しければ、今夜たちまち髻を切って僧か念仏衆かになられて、一期([一生])を心安く暮らしてはどうか」と申せば、その返事はせずに、「執事(高師直)はどうなられたと聞いておられるや」と訊ねました、西左衛門四郎は、「執事はすでに討たれたと聞いておる」と答えました。(高師夏は)「ならば誰のためにしばしの命を惜しむべき。死手の山三途の大河とかやをも、とも渡ろうと思う、ただ急ぎ首を召されよ」と、死を請うて敷皮の上に身を正しました、切り手は涙を流して、しばらく顔を上げることができずに、後ろに立って泣いていました。とはいえこのままにしているわけにもいかず、遂に首を打ち落としました。


続く


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by santalab | 2016-10-01 09:14 | 太平記 | Comments(0)

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