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「太平記」兵庫海陸寄手事(その1)

去るほどに、明くれば五月二十五日辰の刻に、沖の霞の晴れ間より、かすかに見へたる船あり。いさりに帰る海人あまか、淡路あはぢの瀬戸を渡る船かと、海辺の眺望を眺めて、塩路しほぢ遥かに見渡せば、取梶面梶とりかぢおもかぢ掻楯かいだて掻いて、艫舳ともへに旗を立てたる数万すまん兵船ひやうせん順風に帆をぞ上げたりける。烟波眇々えんはべうべうたる海のおもて、十四五里が程に漕ぎ連ねて、船端ふなばたきしり、艫舳を並べたれば、海上にはかに陸地くがちになつて、帆影に見ゆる山もなし。あなおびたたし、呉魏ごぎ天下を争ひし赤壁せきへきの戦ひ、大元たいげん宋朝を滅ぼせし黄河くわうがの兵も、これには過ぎじと目を驚かして見るところに、また須磨の上野うへの鹿松岡しかまつのをか鵯越ひよどりごえの方より二引両ふたつひきりやう四目結よつめゆひ直違すぢかひ左巴ひだりともゑせ掛かりの輪違わちがひの旗、五六百流れ差し連れて、雲霞の如くに寄せ懸けり。




やがて、夜が明けると(建武三年(1336))の五月二十五日の辰の刻([午前八時頃])に、沖の霞の晴れ間より、かすかに見える船がありました。漁りから帰る海人か、淡路の瀬戸を渡る船かと、海辺の眺望を眺めて、潮路を遥かに見渡せば、取梶面梶([左右])に掻楯([垣根のように楯を立て並べること])を掻いて、艫舳([船尾と船首])に旗を立てた数万の兵船が順風に帆を上げて向かっていました。烟波眇々(もやの立ちこめた水面が遥かに広がっている様)たる海面、十四五里に船を漕ぎ連ねて、船端を輾り([すれ合わんばかりに近付ける])、艫舳を並べていましたので、海上はたちまち陸地になって、帆影に山も見えないほどでした。ものすごい数の兵船でした、呉魏が天下を争った赤壁の戦い(208)、大元(元)が宋朝を滅ぼした黄河の兵も、これには過ぎないと目を驚かして見るところに、また須磨(現兵庫県神戸市須磨区)の上野と鹿松岡(飛び松が岡?現兵庫県神戸市須磨区)、鵯越(現兵庫県神戸市兵庫区)の方より二引両(足利氏の紋)・四目結(佐々木氏の紋)・直違・左巴(足利氏流・宇都宮氏流)・倚かかりの輪違い(寄せ掛け輪違い)の旗を、五六百流れ差し連れて、雲霞の如くに寄せ懸けました。


続く


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by santalab | 2016-10-05 09:00 | 太平記 | Comments(0)

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