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「太平記」本間孫四郎遠矢事(その2)

遥かに高く飛び上がりたるみさご、浪の上に落ち下がりて、二尺ばかりなる魚を、主人のひれを掴んで沖の方へ飛び行きけるところを、本間小松原の中より馬を駆け出だし、追つ様になつて、駆け鳥にぞ射たりける。わざと生きながら射て落とさんと、片羽交かたはがひを射切つてただ中をば射ざりける間、かぶらは鳴り響いて大内おほちの介が船の帆柱に立ち、鶚は魚を掴みながら、大友おほともが船の屋形の上へぞ落ちたりける。射手たれとは知らねども、敵の舟七千余艘よさうには、船端を踏んで立ち並び、御方の官軍くわんぐん五万余騎はみぎはに馬を控へて、「あ射たり射たり」と感ずる声天地を響かしてしづまり得ず。将軍これを見給ひて、「敵我の弓のほどを見せんとこの鳥を射つるが、こなたの船の中へ鳥の落ちたるは御方の吉事と思ゆるなり。いかさま射手の名字みやうじを聞かばや」と仰されければ、小早河こばやかは七郎しちらう船のに立ち出でて、「たぐひ少なく、見所あつても遊ばされつる者かな。さても御名字をば何と申し候ふやらんうけたまはり候はばや」と問ひたりければ、本間弓杖ゆんづゑにすがりて、「その身人数ひとかずならぬ者にて候へば、名乗り申すとも誰か御存知候ふべき。ただし弓矢を取つては、坂東八箇国のつはものの中には、名を知つたる者も御座候ふらん。この矢にて名字をば御覧候へ」と言つて、三人張りに十五束三つ伏、ゆらゆらと引き渡し、二引両ふたつひきりやうの旗立てたる船を指して、遠矢とほやにぞ射たりける。




遥かに高く飛んでいた鶚が、浪の上に落ち下り、二尺ばかりの魚の、ひれを掴んで沖の方へ飛び行くところを、本間(本間重氏しげうぢ)が小松原の中より馬を駆け出し、追いかけ様に、駆け鳥に矢を射ました。生きたまま射て落とそうと、片羽交い([羽])を射切って体を射ませんでしたので、鏑矢は鳴り響いて大内介(大内弘幸ひろゆき)の船の帆柱に立ち、鶚は魚を掴みながら、大友(大友氏泰うぢやす)の船の屋形の上に落ちました。射手が誰かは知りませんでしたが、敵の舟七千余艘では、船端を踏んで立ち並び、味方の官軍五万余騎は汀に馬を控えて、「射たぞ射たぞ」と感嘆の声が天地を響かして静まりませんでした。将軍(足利尊氏)はこれを見て、「敵が弓のほどを見せようとこの鳥を射たが、こちらの船の中へ鳥が落ちたのは味方の吉事と思えるぞ。射手の名字を聞いたいものよ」と申すと、小早川七郎が船の舳([船首])に立ち出て、「まことに珍しい、余興を見せてもらった。さて名字をば何と申されるのか聞こうではないか」と訊ねると、本間(重氏)は弓杖にすがりながら、「人数にもならぬ者ですから、名乗り申したところで誰か知る者がありましょう。ただし弓矢を取っては、坂東八箇国の兵の中には、名を知っている者もありましょう。この矢で名字をご覧くだされ」と言って、三人張りに十五束三つ伏の矢を、ゆっくりと引き固めると、二つ引両(足利氏の紋)の旗を立てた船に向けて、遠矢に射ました。


続く


by santalab | 2016-10-09 08:55 | 太平記

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