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「太平記」土岐頼遠参合御幸致狼籍事付雲客下車事(その3)

竹林院の中納言公重きんしげきやう、御後ろに被打けるが、衛府ゑふの太刀を抜き馳せ寄せ、「懸かる浅ましき狼籍こそなけれ。御車をく懸けつて仕れ」と、被下知けれども、牛の胸懸むながい被切て首木も折れ、牛童うしわらはどもも散々に成り行き、供奉の卿相雲客けいしやううんかくも皆打ち落とされて、御車に当たる矢をだに、防ぎまゐらする人もなし。下簾したすだれかなぐり落とされ三十輻みそのや少々せうせうれにければ、御車は路頭に顛倒てんたうす。浅まししと云ふもおろかなり。上皇はただ御夢の心地ましまして、何とも思し召し分けたる方もなかりけるを、竹林院の中納言公重卿御前おんまへに参られたりければ、上皇、「いかに公重か」と許りにて、やがて御泪にぞむせびましましける。公重卿も進むなみだを押さへて、「この頃の中夏の儀、蛮夷僭上ばんいせんじやう無礼の至極しごく、不及是非候ふ。しかれども日月未だ天に掛からば、照鑒せうかん何の疑ひか候ふべき」と被奏ければ、上皇少し叡慮を慰まさせおはします。「さればその事よ。聞けやいかに、五条ごでうの天神は御出でを聞いて宝殿より下り御幸ごかうの道に畏まり、宇佐八幡は、勅使の度毎に、威儀をつくろひて勅答を被申とこそ聞け。さこそ武臣の無礼の代とふからに、懸かる狼籍を目の当たり見つる事よ。今は末代乱悪の習俗にて、衛護ゑごの神もましまさぬかとこそ思ゆれ」と被仰出て、袞衣こんえの御袖を御顔に押し当てさせおはしませば、公重卿も涙の中に掻き暮れて、牛童うしわらは少々せうせうたづね出だして泣く泣く還御成りにけり。




竹林院の中納言公重卿(西園寺公重)は、後方で馬を打っていました、衛府の太刀を抜き馳せ寄せ、「これほど浅ましき狼籍はない。車をすぐに駆け退けよ」と、命じましたが、牛の胸懸([馬牛の胸から鞍へかける紐])を切られて首木([軛]=[牛、馬などの大型家畜を馬車牛車、舵棒に繋ぐ際に用いる木製の棒状器具])も折れ、牛童([牛車を牽く牛を飼い、操る者])どもも散々になって、供奉の卿相雲客([公卿と殿上人])も皆打ち落とされて、車に当たる矢さえも、防ぐ者はいませんでした。下簾([牛車の前後の簾の内側にかけて垂らす二筋の長い布])も皆かなぐり落とされ三十輻(車輪)も少々折れて、車は路頭に転倒しました。浅ましいと言うのさえ愚かなことでした。上皇(北朝初代光厳院)はただ夢の心地して、どうすればよいかも知れませんでしたが、竹林院の中納言公重卿が御前に参ったので、上皇は、「公重かどうにかせよ」と申すばかりで、やがて涙に咽ばれました。公重卿も流れる涙を押さえて、「この頃の中夏([都])の様、蛮夷僭上(野蛮人が身分を越えて出過ぎた行いをすること)無礼は極限に達しておりますこと、申し上げるまでもございません。けれども日月はまだ天に掛かっておりますれば、照鑒([神仏、天皇や上皇がご覧になるの意])何の疑いがござましょう」と奏したので、上皇も少し叡慮を慰められました。「そのことだが。聞いておるや、五条の天神(現京都市下京区にある五條天神社)は都を出ると聞けば宝殿([神殿])より出て御幸の道に畏まり、宇佐八幡(現大分県宇佐市にある宇佐神宮)は、勅使の度毎に、威儀を繕う([調える])て勅答を申されると聞く。たとえ武臣無礼の時代といえども、このような狼籍を目の当たりにするとは。今は末代乱悪の習俗(世相)にて、衛護の神もおられぬと思ゆる」と申されて、袞衣([竜の刺繡をした天皇の礼服])の袖を顔に押し当てられたので、公重卿も涙の中に掻き暮れて、牛童を少々探し求めて泣く泣く還御されました。


続く


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by santalab | 2016-10-09 09:14 | 太平記 | Comments(0)

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