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「太平記」土岐頼遠参合御幸致狼籍事付雲客下車事(その6)

この頼遠よりとほは、当代ことさら大敵を靡け、忠節を致せしかば、その賞翫しやうぐわんも人に勝れ、その恩禄も異他。さるを今かる振る舞ひに依つて、重ねて吹挙すゐきよをも不被用、忽ちにその身を失ひぬる事、天地日月未だ変異はなかりけりとて、皆人恐怖して、直義ただよしの政道をぞ感じける。この頃の習俗、華夷くわい変じて戎国の民と成りぬれば、人皆院・国王と云ふ事をも不知けるにや。「土岐頼遠こそ御幸ごかうまゐり会ひて、狼籍したりとて、被切まゐらせたれ」とまうしければ、道を過ぐる田舎人ゐなかうどどもこれを聞きて、「そもそもゐんにだに馬より下りんには、将軍に参り会ひては土を可這か」とぞ欺きける。さればをかしき事ども浅ましき中にも多かりけり。




この頼遠(土岐頼遠)は、当代他の者にまして大敵を靡け、忠節を致したので、将軍(足利尊氏)の賞翫([尊重すること])も人に勝れ、恩禄も格別でした。しかしこの振る舞いによって、重ねての吹挙([上申行為])もなく、たちまちにその身を失いました、天地日月はいまだ変異はないと、皆人は恐れ怖じて、直義(足利直義。足利尊氏の弟)の政道に感心しました。この頃習俗(巷)は、華夷(中華=都。は異民族に優越すると考える思想)は変じて戎国([未開の国])の民となり、人は皆院・国王というものを忘れてしまったのでしょうか。「土岐頼遠は(北朝初代光厳院の)御幸に参り会い、狼藉を働いたために、斬られました」と申せば、道行く田舎人どもはこれを聞いて、「院に遭遇した時馬から下りなくてはならぬならば、将軍(足利尊氏)と会ったならば土を這わなければならないのではないか」と言って悲しみました。このようにおかしな事嘆かわしい事が多くありました。


続く


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by santalab | 2016-10-09 10:58 | 太平記 | Comments(0)

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