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「太平記」土岐頼遠参合御幸致狼籍事付雲客下車事(その7)

ここに如何なる雲客うんかくにてかありけん、れたるみすより見れば、年四十しじふ余りなりけるが、眉作りかね付けて、立烏帽子たてゑぼし引きかづき着たる人の、ながえ剥げたる破車やれぐるまを、打てども行かぬ疲れ牛に懸けて、北野の方へぞとほりける。今程洛中には武士ども充満して、時を得る人その数を不知。誰とは不見、太く逞しき馬どもに思ひ思ひの鞍置いて、唐笠に毛沓けくつ履き、色々の小袖脱ぎ下げて、酒温め、焚き残したる紅葉もみぢの枝、手毎にりかざし、早歌交さうかまじりの雑談ざふだんして、馬上二三十騎、大内野おほうちのの芝生の花、露とともに蹴散らかし、当たりを払つて歩ませたり。主人と思しき馬上の客、この車を見付けて、「すはやこれこそくだんの院と云ふ曲者くせものよ。頼遠よりとほなどだにも懸かる恐しき者に乗り会ひして生涯を失ふ。まして我らがやうの者いかにと咎められては叶ふまじ。いざや下りん」とて、一度にさつと自馬下り、頰かぶりはづし笠脱ぎ、かうべを地に着けてぞ畏りける。




ここに如何なる雲客([殿上人])か、破ぶれた簾の隙間から見れば、年四十余りでしたが、眉を描き鉄漿かね(お歯黒)を付けて、立烏帽子をかぶった人が、轅が剥げた破れ車を、打てども進まぬ疲れ牛に懸けて、北野(現京都市上京区にある北野天満宮)の方へ向かっていました。当時洛中には武士どもが充満して、時を得る人は数知れませんでした。誰かれも、太く逞しい馬どもに思い思いの鞍を置いて、唐笠に毛沓([騎馬・狩猟用の毛皮製のくつ])を履き、色々の小袖を脱ぎ下げて、酒を温め、焚き残した紅葉の枝を、手に手に折りかざし、早歌([鎌倉時代に貴族・武士・僧侶の間に流行した歌謡。特に、鎌倉武士に愛好された])交じりの雑談をしながら、馬に乗り二三十騎連れ立ち、大内野(平安京大内裏の跡)の芝生の花を、露とともに蹴散らかし、当たりを払って馬を歩ませていました。主人と思われる馬上の客が、破れ車を見付けて、「なんとこれはあの光厳の院という曲者([油断のならないもの])よ。頼遠(土岐頼遠)のような者でさえこの恐しき者に乗り会いして命を失ったのだ。まして我らほどの者が難癖付けられてはどうにもならぬ。ともかく馬から下りよう」と言って、一度にさっと馬から下りて、頰かぶりを外して笠を脱ぎ、頭を地に着けて畏りました。


続く


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by santalab | 2016-10-10 10:48 | 太平記 | Comments(0)

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