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「太平記」就直義病悩上皇御願書の事(その1)

去るほどに諸国の宮方力おとろへて、天下てんが武徳に帰し、中夏静まるに似たれども、仏神三宝さんばうをも不敬、三台さんたい五門の所領をも不渡、政道さながら土炭どたんに堕ちぬれば、世の中いかがとまうし合へり。吉野の先帝崩御の後、様々の事ども申せしが、車輪の如くなる光り物都を差して夜な夜な飛び渡り、種々の悪相あくさうどもを現じける間、不思議かなと申すに合はせて、疾疫しつえき家々に満ちて貴賎苦しむ事はなはだし。これをこそ珍事かなと申すに、同じき二月五日の暮れほどより、直義ただよし朝臣にはかに邪気に被侵、身心悩乱なうらんして、五体逼迫しければ、諸寺の貴僧・高僧におほせて御祈り不斜。陰陽寮おんやうれう鬼見きけん泰山府君たいさんぶくんを祭りて、財宝を焼き尽くし、薬医・典薬、倉公・華佗くわたが術をきはめて、療治すれども不痊。




やがて諸国の宮方は勢力衰えて、天下は武徳に帰し、中夏([都])は静まったように見えましたが、仏神三宝([仏・法・僧])を敬わず、三台([太政大臣・左大臣・右大臣の称])五門([五摂家]=[関白に任ぜられる家柄の五家。摂関家である藤原北家から分かれた近衛・九条・二条・一条・鷹司の五家])の所領をも返さず、政道は地に堕ちて、世の中はどうなることかと言い合っていました。吉野の先帝(第九十六代後醍醐天皇)崩御の後は、様々申していましたが、車輪の如くなる光り物が都を指して夜な夜な飛び渡り、種々の悪相が現われるようになったので、不思議なことよと申す間に、疾疫が家々に満ちて貴賎が苦しむこと尋常ではありませんでした。これこそ珍事かなと申していましたが、同じき(暦応五年(1342))二月五日の暮れほどより、直義朝臣(足利直義。足利尊氏の弟)がにわかに邪気に冒されて、身心ともに苦しんで、五体逼迫([苦痛や危難が身に迫ること ])したので、諸寺の貴僧・高僧に命じてここかしこで祈祷させました。陰陽寮では、鬼見・泰山府君(道教の神)を祭り、財宝を焼き尽くし、薬医・典薬は、倉公(淳于意じゆんうい。前漢初期の医者)・華佗(後漢末期の薬学・鍼灸に非凡な才能を持つ伝説的な医師)の術を究めて、治療しましたが快復しませんでした。


続く


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by santalab | 2016-10-10 14:03 | 太平記 | Comments(0)

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