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「太平記」本間孫四郎遠矢事(その4)

顕信あきのぶ召しに随つて、将軍の御前おんまへに参りたり。将軍本間が矢を取り出だして、「この矢、本の矢坪へ射返され候へ」と仰されければ、顕信畏つて、叶ひ難き由をぞ再三辞し申しける。将軍強ひて仰されける間、辞するにところなくして、己が船に立ち帰り、火威ひをどしの鎧に鍬形くはがた打つたる兜のを締め、しろかねつく打つたる弓の反高そりたかなるを、帆柱に当ててきりきりと押し張り、舟の舳崎へさきに立ちあらはれて、弓の弦食ひ締めしたる有様、誠に射つべくぞ見へたりける。かかるところに、如何なる推参の婆伽者ばかものにてかありけん、讚岐勢の中より、「この矢一つ受けて弓勢ゆんぜいのほど御覧ぜよ」と、高らかに呼ばはる声して、かぶらをぞ一つ射たりける。胸板むないたに弦をや打ちたりけん、元来ぐわんらい小兵こひやうにてやありけん、その矢二町にちやうまでも射付けず、波の上にぞ落ちたりける。本間が後ろに控へたる軍兵五万余騎、同音に、「あ射たりや」とあざむいて、しばし笑ひも止まざりけり。この後は中々射ても由なしとて、佐々木は遠矢を止めてけり。




顕信(佐々木顕信)は召しに随って、将軍(足利尊氏)の御前に参りました。将軍は本間(本間重氏しげうぢ)の矢を取り出して、「この矢を、本の矢坪へ射返されよ」と命じると、顕信は畏り、とても出来ないと再三辞退しました。将軍が強いて命じたので、辞することができずに、己の船に立ち帰り、緋威の鎧に鍬形を打った兜の緒を締め、銀の銑([弓のはずにはめる金具])を打った反り高の弓を、帆柱に当ててきりきりと押し張り、舟の舳先に立って、弓の弦を食い絞る姿は、今にも矢を射るように見えました。その時、どういうつもりか推参([自分の方から相手のところに押しかけて行くこと])の馬鹿者が、讚岐勢の中よりしゃしゃり出て、「この矢一つ受けて弓勢のほど御覧ぜよ」と、高らかに叫ぶ声がして、鏑矢を一つ射ました。胸板に弦を打ったか、元より小兵であったのか、矢は二町(約200m)までも届かず、波の上に落ちました。本間の後ろに控えていた軍兵五万余騎が、声を合わせて、「射たぞ」と嘲ると、しばらく笑いは止みませんでした。この後は射ても仕方ないと、佐々木は遠矢を止めました。


続く


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by santalab | 2016-10-11 07:27 | 太平記 | Comments(0)

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