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「太平記」就直義病悩上皇御願書の事(その2)

やまひ日々に重つて今はさてと見へしかば、京中きやうぢゆうの貴賎驚き合ひて、この人如何にも成り給ひなば、ただ小松の大臣おとど重盛しげもり早世さうせいして、平家の運命忽ちに尽きしに似たるべしと思ひ寄りて、いよいよ天下てんがの政道は徒ら事なるべしと、歎かぬ者もなかりけり。持明上皇この由を聞こし召し殊に歎き思し召ししかば、潜かに勅使を被立て八幡宮に一紙の御願書ぐわんしよを被篭て、様々の御立願りふぐわんあり。そのことばに云はく、

敬白祈願事右神霊之著明徳なり。安民理国為本。王者之施政化なり。賞功貴賢為先。爰左兵衛督直義朝臣者、匪啻爪牙之良将、已為股肱之賢弼。四海しかいの安危、偏嬰此人之力。巨川之済渉、久沃眇身之心。義為君臣。思如父子。而近日之間、宿霧相侵、薬石失験。驚遽無聊。若非幽陵之擁護者、争得病源之平愈乎。仍心中有所念、廟前将奉祷請。神霊縦有忿怒之心、眇身已抽祈謝之誠、懇棘忽酬、病根速消者、点七日之光陰、課弥天之碩才、令講讃妙法偈、可勤修尊勝供。伏乞尊神哀納叡願、不忘文治撥乱之昔合体、早施経綸安全之今霊験。春秋鎮盛、華夏純煕。敬白。
暦応五年二月日




病い日々に重くなって今はと見えたので、京中の貴賎は驚き合って、この人がどうにかなれば、ただ小松大臣重盛(平重盛。平清盛の嫡男)が早世して、平家の運命がたちまち尽きたのと同じになると思い、ますます天下の政道は無用のものになると、嘆かぬ者はいませんでした。持明上皇(北朝初代光厳院)もこの由を聞かれてとりわけ嘆かれて、密かに勅使を立てられて八幡宮(現京都府八幡市にある石清水八幡宮)に一紙の願書を籠められて、様々の立願をされました。その詞には、

謹しみ神霊の明徳に付けて右の祈願を致します。民を安んずる理これ国の本となすものです。 王者の施政すなわち化すること([影響を他に及ぼすこと])なのです。そのためにはまず貴賢に賞功を施さなくてはなりません。ここに左兵衛督直義朝臣(足利直義ただよし)という者がおりますが、並々ならぬ爪牙([主君や国家を守護する家来])の良将としてばかりでなく、わたしにとりましては股肱([主君の手足となって働く、最も頼りになる家来や部下])の賢弼([弼]=[付き添って助け正す。補佐する人])でございます。四海([国内])の安危は、ひとえにこの者の力次第なのです。巨川の済渉([大きな川を渡ること。臣下の補佐を得て王が政道を行うことのたとえ])のために、久しく眇身([小さな体。自分をへりくだって言う])の心を満たす、君臣の義は、父子の思いに同じです。けれども近日の間、宿霧に冒され、薬石([いろいろの薬や治療法])も効果はありません。急なことで大変驚き悲しんでおります([無聊]=[不遇な立場におかれた自分を嘆く])。もし幽陵(死後の世界)の擁護者にあらずば、必ずや病源の平愈を得られましょう。よって心中の所念を、廟前で祈り申し上げます。神霊たとえ忿怒の心ありとも、眇身の祈念のまことをお汲みいただき、願いをたちまちに報われますよう、病根がすみやかに霧消されますれば、七日間神燈を点じ、遍く天の碩才([すぐれた才能があること])をもって、令妙なる法偈を講讃([経や論を讃えてその内容を講じ、そのことの功徳を期する法要])せしめて、尊勝([尊くすぐれていること])の供を修めることを約束いたします。尊神よこの願いを叶えてくださいますようこの身を平伏してお願いするものです、不忘文治の撥乱([乱れた世の中を治めること])の昔(源氏が)我が朝に合体したことを忘れてはおられませんでしょう、経綸を施され霊験をもってたちまち心安らかになりますよう。春秋([年月])は穏やかにして世は栄え、華夏([都])が輝きを取り戻しますように。敬白。
暦応五年(1342)二月?日


続く


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by santalab | 2016-10-12 00:08 | 太平記 | Comments(0)

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