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「太平記」松岡の城周章の事(その2)

夜すでに深ければ、さしも堰き合ひつる城中じやうちゆう寂び返つて、更に人ありとも見へざりけり。£将軍執事兄弟を召し近付けてのたまひけるは、「無云甲斐者どもが、ただ一軍に負けたればとて、落ち行く事こそ不思議なれ。さりとも饗庭命鶴あいばみやうづる・高橋・海老名六郎ろくらうは、よも落ち去らじな」と問ひ給へば、「それも早や落ちて候ふ」。「長井治部ながゐぢぶ少輔せう・佐竹加賀は早や落つるか」。「いやそれも皆落ちて候ふ」。「さては残る勢幾程かある」。「今は御内の御勢、師直もろなほが郎従・赤松信濃のかみが勢、かれこれ五百騎に過ぎ候はじ」と申せば、将軍、「さては世の中今夜を限りござんなれ、面々にその用意あるべし」とて、鎧をば脱ぎて推しけ小具足許りになり給ふ。これを見てかうの武蔵の守師直・越後ゑちごの守師泰もろやす・武蔵五郎師夏もろなつ・越後の将監しやうげん師世もろよ・高の豊前五郎・高の備前守・遠江とほたふみの次郎・彦部ひこべい鹿目かめ・河津以下、高家の一族七人、宗との侍二十三人にじふさんにん、十二間の客殿に二行に坐をつらねて、各諸天に焼香せうかうし、鎧直垂よろひひたたれの上をば取つてげ除け、袴許りに掛羅くわら懸けて、将軍御自害あらば御供申さんと、腰の刀に手を懸けて、しづまり返つてぞ居たりける。




夜はすっかり更けましたが、堰き合った城中も静まり返って、人がいるとも思われませんでした。将軍(足利尊氏)は執事兄弟(高師直もろなほ師泰もろやす)を近付けて申すには、「言うまでもないが、ただ一度の軍に負けたくらいで、落ちて行くとは情けない奴らよ。饗庭命鶴(饗庭あえば氏直うぢなほ。足利尊氏の近臣)・高橋(高橋光種みつたね?)・海老名六郎は、まさか落ちておらぬであろうな」と訊ねると、「すでにおりませぬ」と答えました。「長井治部少輔(長井時春ときはる?)・佐竹加賀はすでに落ちたか」。「皆落ちました」。「ならば残る勢はいくほどか」。「今は身内の勢、師直の郎従([家来])・赤松信濃守(赤松範資のりすけ)の勢、かれこれ五百騎に過ぎません」と申せば、将軍は、「ならば世の中は今夜が限りとなろう、面々その用意をせよ」と申して、鎧を脱いで小具足だけになりました。これを見て高武蔵守師直(高師直)・越後守師泰(高師泰)・武蔵五郎師夏(高師夏。高師直の子)・越後将監師世(高師世。高師泰の子)・高豊前五郎・高備前守・遠江次郎・彦部・鹿目・河津以下、高家の一族七人、主な侍二十三人が、十二間の客殿に二列に座を連ねて、各諸天に焼香し、鎧直垂([鎧の下に着込む直垂])の上を脱いで、袴ばかりに掛羅([禅僧が普段用いる、小さな略式の袈裟])を首から懸けて、将軍が自害すれば供をしようと、腰の刀に手を懸けて、静まり返りました。


続く


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by santalab | 2016-10-20 07:38 | 太平記 | Comments(0)

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