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「太平記」松岡の城周章の事(その4)

直頼なほよりつくづくと父の遺訓ゆゐきんを聞きて、扇取りなほして申しけるは、「人の幼少えうせうほどとまうすは、五つやつないし十歳に足らぬ時にてこそ候へ。我已に善悪を悟るほどに成つて、たまたまこの座に在り合ひながら、御自害を見捨てて一人故郷こきやうへ帰つては、誰をか父と憑み、誰にか面を向かふべき。また僧に成つたらば、沙弥しやみ喝食かつしきに指を指され、聖道しやうだうに成つたらば、ちごどもに被笑ずと云ふ事不可有。たとひまたいかなる果報くわはうあつて、後の栄花えいぐわを開き候ふとも、をくまゐらせては、永らふべき心地もせず。色代しきだいは時に依る事にて候ふ。腹切りの最後の盃にて候へば、誰にか論じ申さまし。我先づ飲みて思ひざし申さん」とて、前なる盃を少し取りかたぶくるていにて、糟谷かすや新左衛門しんざゑもんじよう保連やすつらに差し給へば、三度飲みて、糟谷新左衛門の尉伊朝これとも・奥次郎左衛門の尉・岡本をかもと次郎左衛門じらうざゑもん・中山の助五郎すけごらう、次第に飲み下し、無明むみやうの酒の酔ひの中に、近付く命ぞ哀れなる。




直頼(赤松直頼)はじっくり父の遺訓を聞いて、扇を取り直して申すには、「人の幼少と申すのは、五つや六つないし十歳に足らぬ時のことでございます。わたしはすでに善悪を悟るほどになっております、たまたまこの座にありながら、自害を見捨てて一人故郷へ帰って、誰を父と頼み、誰に顔を合わせるというのです。また僧になったならば、沙弥([出家はしたが、まだ具足戒を受けず、出家修行者である比丘になる以前の少年])喝食([禅寺で食事をする時、食事の種別や進め方を僧たちに告げながら給仕する未得度の者])に指を指され、聖道([法相・三論・天台・真言宗などの聖道門の僧])になったなら、稚児どもに笑われないことがありましょうか。たとえまたどのような果報があって、後の栄華を開くとも、後れ参らせては、永らえる心地もありません。色代([儀礼])も時によるものです。腹切りの最後の盃の席で、いったい誰に論じておられるのか。わたしが最初に飲んで思い差し([この人と思う人に杯を差すこと])いたしましょう」と申して、前の盃を少し取り傾ける真似をして、糟谷新左衛門尉保連(糟谷保連)に差すと、三度飲んで、糟谷新左衛門尉伊朝(櫛橋伊朝)・奥次郎左衛門尉・岡本次郎左衛門・中山助五郎が、順に飲み下し、無明([迷い])の酒の酔いのうちに、近付く命は哀れなものでした。


続く


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by santalab | 2016-10-22 09:08 | 太平記 | Comments(0)

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