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「太平記」将軍上洛事付阿保秋山河原軍事(その2)

将軍と宰相さいしやう中将殿ちゆうじやうどのは、一万余騎を一手ひとてに合はせ、大宮おほみやを上りに打ちとほり、二条にでうを東へ法勝寺ほつしようじの前に打ち出でんと、相図あひづを定めて寄せ給ふ。これは桃井もものゐ東山に陣を取つたりと聞こえければ、四条しでうより寄する勢に向かつて、「合戦は定めて川原かはらにてぞあらんずらん。御方いつはつて京中きやうぢゆうへ引き退かば、桃井定めて勝つに乗つて進まんか、その時道誉だうよ桃井が陣の後ろへけ出でて、不意に戦を致さば前後の大敵にさへぎられて、進退度を失はん時、将軍の大勢北白河きたしらかはへ懸け出でて、敵の後ろへ廻るほどならば、桃井武しと云ふとも引かではやはか戦ふと、はかりことを廻らす処なり」。如案中の手大宮おほみやにて旗を下ろして、すぐに四条川原しでうがはらへ懸け出でたれば、桃井は東山を後ろに当て賀茂河を前に堺うて、赤旗一揆・扇一揆・鈴付一揆・二千余騎を三所に控へて、射手をば面に進ませ、帖楯でふたて二三百帖にさんびやくでふ突き並べて、敵懸からばともに蒐かり合ふて、広みにて勝負を決せんと、しづまり返つて待ち懸けたり。両陣旗を上げて、鬨の声をば揚げたれども、寄せ手は搦め手の勢の相図を待つて未だ懸けず。




将軍(足利尊氏)と宰相中将殿(足利義詮よしあきら。足利尊氏の嫡男)は、一万余騎を一手に合わせ、大宮を上りに打ち通り、二条を東へ法勝寺(かつて現京都市左京区にあった寺院)の前に打ち出ようと、相図([あらかじめ決めた方法で相手に意思や事柄を知らせること。また、その方法や信号])を定めて寄せました。これは桃井(桃井直常ただつね)が東山に陣を取ったと聞こえたので、四条より寄する勢に向かって、「合戦はきっと川原であるであろう。味方が偽って京中へ引き退けば、桃井(直常)は必ずや勝つに乗って進むことでしょう、その時この道誉(佐々木道誉)が桃井の陣の後ろへ駆け出て、不意に戦をすれば敵は前後の大敵に遮られて、進退極まったところに、将軍の大勢が北白川(現京都府京都市左京区)へ駆け出て、敵の後ろを突けば、いくら桃井が武勇に秀れているとはいえ引かずに戦えるかと、謀を廻らしておるのだ」。案の通り中の手が大宮で旗を下ろして、すぐに四条河原に駆け出ると、桃井(直常)は東山を後ろに当て賀茂川を前にして、赤旗一揆・扇一揆・鈴付一揆・二千余騎を三所に控えて、射手を前に進ませ、帖楯([大型の楯])を二三百帖突き並べて、敵が懸かればともに懸かり合って、広みで勝負を決しようと、静まり返って待ち懸けました。両陣は旗を上げて、鬨の声を上げましたが、寄せ手は搦め手の勢の相図を待ってまだ駆け出しませんでした。


続く


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by santalab | 2016-10-24 07:39 | 太平記 | Comments(0)

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