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「太平記」将軍上洛事付阿保秋山河原軍事(その3)

桃井もものゐは八幡の勢の攻め寄せんずるほどを待つて、わざと事を延ばさんとす。互ひに勇気を励ますほどに、あるひは五騎十騎じつき馬を懸け据ゑ懸けまはし、駆け引き自在に当たらんと、馬を乗り浮かぶるもあり。あるひは母衣袋ほろふくろより母衣取り出だして、ここを先途の戦と思へる気色顕はれて、最後と出で立つ人もあり。斯かる処に、桃井が扇一揆の中より、たけ七尺許りなる男の、髭黒に血眼ちまなこなるが、火威ひをどしの鎧に五枚兜のめ、鍬形くはがたの間に、くれなゐの扇の月日出したるを不残開て夕陽せきやう耀かかやかし、かしの木の棒の一丈いちぢやう余りに見へたるを、八角にけづつて両方に石突き入れ、右の小脇に引きそばめて、白瓦毛しろかはらけなる馬の太くたくましきに、白泡噛ませて、ただ一騎河原面かはらおもてに進み出でて、高声に申しけるは、「戦場せんぢやうに臨む人毎に、討ち死にを不志云ふ者なし。然れども今日の合戦には、それがし殊更死をかろんじて、日来の広言くわうげんをげにもと人に云はれんと存ずるなり。その名人に知らるべき身にても候はぬ間、余りに事々しき様に候へども、名字をまうすにて候ふなり。これは清和源氏の後胤こういんに、秋山新蔵人しんくらんど光政みつまさと申す者候ふ。出王氏雖不遠、已に武略の家に生まれて、数代ただ弓箭きゆうせんつて、名を高くせん事を存ぜし間、幼稚えうちの昔より長年ちやうねんの今に至るまで、兵法をもてあそたしなむ事隙なし。ただし黄石公くわうせきこう子房しばうさづけし所は、天下の為にして、匹夫の勇に非ざれば、我未だ学ばず、鞍馬の奥僧正そうじやうが谷にて愛宕あたご高雄たかをの天狗どもが、九郎判官義経に授けし所の兵法に於いては、光政これを不残伝へ得たる処なり。仁木につき細河ほそかは高家かうけの御中に、我と思はん人々名乗つてこれへ御出で候へ。声花やかなる打ち物して見物の衆のねぶり醒まさん」と呼ばはつて、いきほひ当たりをはらうて西頭にしがしらに馬をぞ控へたる。




桃井(桃井直常ただつね)は八幡(現京都府八幡市にある石清水八幡宮)の勢が攻め寄せるのを待って、わざと軍を延引しようとしました。互いに勇気を励まして、あるいは五騎十騎馬を駆け据え駆け廻し、駆け引き自在に当たろうと、馬を乗り浮かぶ([落ち着かない])者もいました。あるいは母衣袋より母衣([矢や石などから防御するための甲冑の補助武具で、兜や鎧の背に巾広の絹布をつけて風で膨らませるもの])を取り出して、ここを先途([勝敗・運命などの大事な分かれ目])の戦と思う気色を現じて、最後と出で立つ者もありました。そこに、桃井(直常)の扇一揆の中より、丈七尺ばかりで、髭黒([黒々と髭が生えていること])に血眼の男が、緋威の鎧に五枚兜の緒を締め、鍬形([兜の前立])の間に、月日を描いた紅の扇を大きく開いて夕陽に輝かせ、一丈に余る樫の木の棒を、八角に削って両端に石突き([杖・傘・ ピッケルなどの、地面を突く部分。また、そこにはめた金具])を入れ、右の小脇に挟んで、白瓦毛の馬の太くたくましきに、白泡を噛ませて、ただ一騎河原面に進み出て、高声に申すには、「戦場に臨む人毎に、討ち死にを覚悟せぬ者はおるまい。けれども今日の合戦に、某は殊更死を軽んじて、日来の広言([あたりを憚らず大げさなことや偉そうなことを言うこと])を確かにと人に言われたいと思うておるのだ。名は人に知られる身でもない、あまりに仰々しいことではあるが、名字を申しておこう。我は清和源氏の後胤([子孫])、秋山新蔵人光政(秋山光政)と申す者よ。出自王氏に遠からずといえども、武略の家に生まれて、数代ただ弓箭([弓矢])を取って、高名を上げようと思い、幼稚の昔より長年の今に至るまで、隙なく兵法を学ぶ。ただし黄石公(秦代中国の隠士。張良に兵書を与えたという)が子房(張良)に授けたところは、天下の、匹夫の勇([深く考えず、ただ血気にはやるだけの勇気])にあらざれば、学んだことはない。鞍馬の奥僧正谷(現京都市左京区。牛若丸が武術を修行したと伝えられる地)で愛宕(現京都市右京区)・高雄(現京都市右京区)の天狗どもが、九郎判官義経(源義経)に授けた兵法は、この光政が残さず体得しておる。仁木・細川・高家の中に、我と思う人々は名乗って出て来られよ。声華やかに打ち合って見物の衆の睡りを醒ましてやろう」と叫びました、その勢いは当たりを払い西頭に馬を控えました。


続く


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by santalab | 2016-10-25 08:17 | 太平記 | Comments(0)

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