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「太平記」将軍上洛事付阿保秋山河原軍事(その4)

仁木につき細河ほそかは・武蔵守が内に、手柄を顕はし名を知られたる兵おほしといへども、如何思ひけん、互ひに目をくばつて我これに懸け合つて勝負をせんと云ふ者もなかりける処に、丹のたう阿保あふ肥後のかみ忠実ただざねと云ひける兵、連銭葦毛れんせんあしげなる馬に厚総あつぶさ懸けて、唐綾をどしよろひ竜頭たつがしらの兜のめ、四尺ししやく六寸の貝鎬かひしのぎの太刀を抜いて、鞘をば河中へ投げ入れ、三尺さんじやく二寸のへうの皮の尻鞘懸けたる黄金作こがねづくりの小太刀佩きへて、ただ一騎大勢の中より懸け出でて、「事めづらしく耳に立ててもうけたまはる秋山殿の御詞かな。これは執事の御内に阿保肥前の守忠実とまうす者にて候ふ。幼稚の昔より東国に居住して、明け暮れは山野のけだものを追ひ、江河のうろくづすなどつてげふとせし間、張良が一巻いつくわんの書をも呉子・孫子が伝へし所をも、かつて名をだに不聞。されども変化時に応じて敵の為に気をはつする処は、勇士の己れと心にる道なれば、元弘建武以後三百余箇度の合戦に、敵を靡け御方を助け、強きを破り堅きを砕く事その数を不知。素引すびきの精兵せいびやう畑水練はたけすゐれんことばづる人非じ。忠実が手柄のほどこころみて後、左様の広言をば吐き給へ」と高らかに呼ばはつて、閑々しづしづと馬をぞ歩ませたる。両陣の兵あれ見よとて、軍を止めて手をにぎる。数万の見物衆は、戦場とも不云走り寄つて、固唾かたづを呑みてこれを見る。まことに今日こんにちの軍の花は、ただこれに不如とぞ見へたりける。




仁木(仁木頼章よりあき)・細川(細川清氏きようぢ)・武蔵守(高師直もろなほ)の手の中に、手柄を上げ名を知られた兵は多くいましたが、何を思ったか、互いに目を配って我がこれに駆け合って勝負をしようと申し出る者はいませんでしたが、丹党([武蔵七党の一])の阿保肥後守忠実という兵が、連銭葦毛([葦毛に灰色の丸い斑点のまじっているもの])馬に厚総懸けて、唐綾威の鎧に竜頭の兜([前立に龍の飾りを付けたもの])の緒を締め、四尺六寸の貝鎬([刀剣のしのぎ=棟と刃との中間で鍔元つばもとから切っ先までのりようを高くした所。が角立たないで、普通よりは 少し丸みのあるもの])の太刀を抜いて、鞘を川へ投げ入れ、三尺二寸の豹の皮の尻鞘([雨露を防ぐために、太刀の鞘をおおう毛皮製の袋])をを懸けた黄金作り([金めっきや金銅などで装飾したもの])の小太刀を佩き添えて、ただ一騎大勢の中より駆け出ると、「聞き馴れぬことを申す秋山殿かな。これは執事(高師直)の身内に阿保肥前守忠実と申す者よ。幼稚の昔より東国に居住して、明け暮れは山野の獣を追い、江河([川])の鱗([魚])を獲って業いをしておった、張良(始皇帝暗殺を企図したが失敗。後、黄石公から太公望の兵法書を授けられ、漢の高祖=劉邦。を助けて秦を滅ぼし、漢の建国に尽くした)の一巻の書も呉子([春秋戦国時代に著されたとされる兵法書。武経七書の一])・孫子([武経七書の一。孫武の作とされる])が伝えるところも、その名さえ聞かず。けれども変化時に応じて敵に向かう者こそ、勇士であると悟り、元弘建武以後三百余箇度の合戦に、敵を退け味方を助け、強きを破り堅きを砕くことその数を知らぬ。素引き([弓に矢をつがえず、弦だけを引くこと])の精兵([強弓の兵])、畑水練([実際の役には立たないこと])の言葉に恐れる者はおるまい。この忠実の手柄のほどを見てから、そのような広言([大口])を吐かれよ」と高らかに叫んで、ゆっくりと馬をぞ歩ませました。両陣の兵はあれを見よと、軍を止めて手を握り締めました。数万の見物衆は、戦場にも関わらず走り寄って、固唾を呑んで見守りました。まこと今日の軍の華は、ただこれにしかずと見えました。


続く


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by santalab | 2016-10-26 07:39 | 太平記 | Comments(0)

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