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「太平記」将軍上洛事付阿保秋山河原軍事(その5)

相近あひぢかになれば阿保と秋山とにつこと打ち笑うて、弓手ゆんでに懸け違へ馬手めてに開き合つて、秋山はたと打てば、阿保受け太刀に成つて請け流す。阿保持つて開いてしとど切れば、秋山棒にて打ちそむく。三度逢ひ三度別ると見へしかば、秋山は棒を五尺許り切りられて、手本僅かに残り、阿保は太刀を鐔本つばもとより打ち折られて、帯添はきぞへの小太刀許り憑みたり。武蔵のかみこれを見て、「忠実ただざねは打ち物取つて手はきたれども、力量りきりやうなき者なれば、力勝りに逢うて始終は叶はじと思ゆるぞ、あれ討たすな。秋山を射て落とせ」とぞ被下知。究竟くつきやう精兵せいびやう七八人河原面かはらおもてに立ち渡つて、雨の降るが如く散々に射る。秋山件の棒を以つて、只中を指して当たる矢二十三筋にじふさんすぢまで打ち落とす。忠実も情けある者なりければ、今は秋山を討たんともせず、剰へ御方より射る矢を制して矢面にこそ塞がりけれ。かかる名人を無代むたいに射殺さんずる事をしみて、制しけるこそやさしけれ。かくて両方打ちきて、諸人の目をぞ覚ましける。さればその頃、霊仏霊社の御手向け、扇団扇あふぎうちはのばさら絵にも、阿保・秋山が河原かはら軍とて書かせぬ人はなし。




互いに近付けば阿保(阿保忠実ただざね)と秋山はにっこり笑って、弓手([左])に駆け違い馬手([右])に開き合って、秋山がはたと打てば、阿保は受け太刀になって受け流しました。阿保が太刀を振り上げて斬り下ろせば、秋山は棒で打ち払いました。三度合い三度別れたと見れば、秋山は棒を五尺ばかり切り折られて、手本がわずかに残り、阿保は太刀を鐔本より打ち折られて、佩き添えの小太刀ばかりが頼りでした。武蔵守(高師直もろなほ)はこれを見て、「忠実は打ち物([太刀])を取っては腕利きであるが、力量のない者である、力任せの勝負しては敵うまい、忠実を討たすな。秋山を射て落とせ」と命じました。究竟の精兵([強弓の兵])七八人が河原面に立ち並び、まるで雨が降る如く散々に矢を射ました。秋山は件の棒で、飛んで来る矢を二十三筋打ち落としました。忠実も情けのある者でしたので、今は秋山を討とうともせず、その上味方が射る矢を制して矢面に立ちました。このような名人が無代([おろそかにすること])に射殺されることを惜しんで、制したのでした。こうして両方は退きましたが、諸人は目を覚ましました。そしてその頃、霊仏霊社の手向け(絵馬)、扇団扇のばさら絵([扇、団扇、絵馬などの奔放な画風の絵])にも、阿保・秋山の河原軍を描かぬ者はいませんでした。


続く


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by santalab | 2016-10-27 09:04 | 太平記 | Comments(0)

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