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「太平記」将軍親子御退失事付井原石窟事(その1)

将軍都へ立ちかへり給ひて、桃井もものゐ合戦に打ち負けぬれば、今は八幡やはたの御敵どもも、大略将軍へぞ馳せまゐらんと、諸人推量を廻らして、今はかうと思はれけるに、案に相違して、十五日の夜半ばかりに、京都の勢また大半落ちて八幡の勢にぞくははりける。「こはそも何事ぞ。戦ひに利あれば、御方の兵いよいよ敵になる事は、よく早や尊氏を背く者多かりける。かくては洛中にて再び戦を致し難し。しばらく西国の方へ引き退いて、中国の勢をもよほし、東国の者どもにてふし合はせて、かへつて敵を攻めばや」と、将軍しきりにおほせあれば、諸人、「さるべく思へ候ふ」と同じて、正月十六じふろく日の早旦に丹波路たんばぢを西へ落ち給ふ。昨日は将軍都に立ち帰つて桃井もものゐ戦ひに負けしかば、洛中にはこれを悦び八幡には聞いて悲しむ。今日はまた将軍都を落ち給ひて桃井やがて入れ替はると聞こへしかば、八幡にはこれを悦び洛中には密かに悲しむ。吉凶はあざなへる縄の如く。哀楽時をへたり。何を悦び何事を歎くべきとも定めず。




将軍(足利尊氏)は都に戻り、桃井(桃井直常ただつね)が合戦に打ち負けたからには、今は八幡(現京都府八幡市にあるある石清水八幡宮)の敵どもも、大方将軍方にぞ馳せ参るであろうと、諸人は推量を廻らして、今は勝負あったと思っていましたが、案に相違して、十五日の夜半ばかりに、京都の勢がまた大半落ちて八幡の勢に加わりました。「これはどういうことだ。戦いに勝って、味方の兵がますます敵になるということは、早くもこの尊氏を背く者が多いということだ。こうなっては洛中で再び戦をするのは無理ぞ。しばらく西国の方へ引き退いて、中国の勢を集め、東国の者どもに牒し合わせて、敵を攻めよ」と、将軍はしきりに命じたので、諸人も、「そういたしましょう」と同意して日の早旦に丹波路を西へ落ちて行きました。昨日は将軍が立ち帰って桃井が戦いに負けたので、洛中ではこれをよろこび八幡では聞いて悲しみました。今日はまた将軍が都を落ちて桃井がやがて入れ替わると聞こえたので、八幡ではこれをよろこび洛中では密かに悲しみました。吉凶は糾える縄の如し([幸福と不幸は表裏一体で、かわるがわる来るものだということのたとえ])。哀楽は時々に変わるものです。何をよろこび何事を嘆くべきとも知れませんでした。


続く


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by santalab | 2016-10-29 09:26 | 太平記 | Comments(0)

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