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「太平記」将軍親子御退失事付井原石窟事(その2)

将軍は昨日都を東嶺とうれいの暁の霞とともに立ち隔たり、今日は旅を山陰のゆふべの雲に引き別れて、西国へと赴き給ひけるが、名将一所に集らん事は計略なきに似たりとて、御子息宰相さいしやう中将ちゆうじやう殿に、仁木につき左京さきやうの大夫頼章よりあきら・舎弟右京うきやうの大夫義長よしなが相添あいそへて二千余騎、丹波の井原ゐはら石龕いはやに止めらる。この寺の衆徒しゆと、元来無二の心ざしを存せしかば、軍勢の兵粮、馬の糟藁ぬかわらに至るまで、山の如く積み上げたり。この所は岸高く峰そびえて、四方しはう嶮岨けんそなれば、城郭じやうくわくの頼りも心安く思へたる上、荻野をぎの波々伯部はうかべ久下くげ長沢ながさは、一人も不残馳せ参つて、日夜の用心隙なかりければ、他日窮困の軍勢ども、ただ翰鳥かんてうげきを出、轍魚てつぎよの水を得たるが如くにて、暫く心をぞ休めける。




将軍(足利尊氏)は昨日都を東嶺(比叡山)の暁の霞とともに立ち隔たり、今日は山陰の夕べの雲に引き別れて、西国に赴きました、名将を一所に集めておくことは計略なきに似たりと、子息宰相中将殿(足利義詮よしあきら。足利尊氏の嫡男)に、仁木左京大夫頼章(仁木頼章)・舎弟右京大夫義長(仁木義長)を供に付けて二千余騎、丹波井原の石龕(現兵庫県丹波市にある石龕せきがん寺)に留めました。この寺の衆徒([僧])は、元より二心を持っていませんでしたので、軍勢の兵粮、馬の糟藁にいたるまで、山のように積み上がりました。この場所は岸は高く峰はそびえて、四方は皆嶮岨でしたので、城郭の頼りも心安く思われる上に、荻野・波々伯部・久下・長沢、一人も残らず馳せ参って、日夜の用心は隙もありませんでしたので、他日窮困の軍勢どもは、まるで翰鳥([空高く飛ぶ鳥])が繳([矰繳いぐるみ]=[飛んでいる鳥を捕らえるための仕掛け])を逃れ、轍魚([わだちにたまった水の中でもがく魚])が水を得たように、しばらく気を休めました。


続く


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by santalab | 2016-10-30 08:48 | 太平記 | Comments(0)

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