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「太平記」将軍親子御退失事付井原石窟事(その3)

相公しやうこう登山し給ひし日より、岩室寺いはやでらの衆徒、座醒まさずに勝軍毘沙門の法をぞ行ひける。七日に当たりたりし日、当寺の院主雲暁うんげう僧都、巻数くわんじゆを捧げてまゐりけり。相公すなはち僧都に対面し給ひて、当寺開山の事の起こり、本尊霊験顕はし給ひしやうなど、様々問ひけるついでに、「さてもいづれの薩埵さつた帰敬ききやうし、いかなる秘法を修してか、天下を静め大敵を亡す要術えうじゆつに叶ひ候ふべき」とのたまひければ、雲暁僧都畏つて申しけるは、「およそ、諸仏薩埵の利生りしやう方便まちまちにして、かれをしこれを非する覚へ、応用言葉辺々に候へば、いづれを優り何れを劣たりとは難申候へども、須弥しゆみ四方しはうりやうして、鬼門の方を守護し、摧伏さいぶくの形を現じて、専ら勝軍の利を施し給ふ事は、昆沙門の徳にしくは候ふべからず。これ我が寺の本尊にて候へばとて、無謂まうすにて候はず。いにしへ玄宗皇帝くわうていの御宇、天宝十二年に安西あんせいと申す所に軍起こつて、数万の官軍くわんぐん戦ふ度毎に打ち負けずと云ふ事なし。「今は人力の及ぶ処に非ず如何がすべき」と玄宗有司いうしに問ひ給ふに、皆同じく答へて申さく、『これまことに天の擁護に不懸ば静むる事を難得。ただ不空三蔵ふくうさんざうを召されて、大法を行はせらるべきか』と申しける間、帝すなはち不空三蔵を召されて昆沙門の法を行はせられけるに、一夜の中にくろがねの牙ある金鼠きんそ数百万安西あんせいに出で来て、謀反人の太刀・刀・兜・よろひ・矢のはず・弓の弦に至るまで、一つも不残食ひ破り食ひ切り、剰へ人をさへみ殺しさふらひけるほどに、凶徒これを防ぎかねて、かうべを延べて軍門に降りしかば、官軍くわんぐん矢の一つをも不射して若干そくばくの賊徒を平らげ候ひき。




相公(足利義詮よしあきら。足利尊氏の嫡男)が登山した日より、岩室寺(現兵庫県丹波市にある石龕せきがん寺)の衆徒([僧])は、座醒まさす([座をしらけさせる])ことなく勝軍毘沙門の法を行いました。七日に当たる日、当寺の院主雲暁僧都が、巻数([僧が願主の依頼で読誦した経文・陀羅尼などの題目・巻数・度数などを記した文書または目録])を捧げて参りました。相公はすぐに僧都に対面して、当寺開山の由来、本尊霊験の様など、様々訊ねたついでに、「さてもいずれの薩埵を帰敬([帰依敬礼。仏などを心から信じ、尊敬すること])し、いかなる秘法を修行すれば、天下を静め大敵を亡す要術となろうや」と訊ねると、雲暁は僧都畏り申すには、「およそ、諸仏薩埵の利生方便([仏・菩薩が衆生に利益を与える手だてを講じること])はそれぞれですから、かれを是しこれを非すること、応用言葉辺々でございますれば、いずれが優りいずれを劣るとも申し難くございますが、須弥([古代インドの世界観の中で中心にそびえる山])の四方を領じて、鬼門の方を守護し、摧伏([打ちくじいて屈伏させること])の姿を現じて、ひたすら勝軍の利を施すことにおきましては、昆沙門の徳に敵うものはございません。昆沙門は我が寺の本尊でございますが、いわれなく申すものではございません。古玄宗皇帝(唐の第九代皇帝)の御宇、天宝十二年(753)に安西(唐の西域)と申す所に軍が起こり、数万の官軍は戦う度毎に打ち負けました。「今は人力の及ぶことろではないどうすればよいか」と玄宗が有司([役人])に訊ねますれば、皆同じく答え申すには、『これまことに天の擁護に依らずんば静めることは難しいでしょう。ただ不空三蔵(真言宗付法第六祖)を召されて、大法を行わせるべきかと』と申したので、帝はすぐに不空三蔵を呼んで昆沙門法を行わせると、一夜のうちに鉄の牙が生えた金鼠が数百万安西に現れて、謀反人の太刀・刀・兜・鎧・矢筈([矢の末端の弓の弦を受ける部分])・弓の弦にいたるまで、一つ残らず喰い破り喰い破り、さらに人をさえ咬み殺したので、凶徒はこれを防ぎかねて、首を延べて軍門に降りました、官軍は矢の一つをも射ずして若干([少しばかり])の賊徒を平らげたのでございます。


続く


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by santalab | 2016-10-31 07:20 | 太平記 | Comments(0)

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