Santa Lab's Blog


「太平記」諸国宮方蜂起事付越中軍事(その4)

「この使ひ帰らばすけ殿定めて寄せ給はんずらん。先んずる時は人を制するに利ありとて、逆寄さかよせに寄つて追ひ散らせ」とて、子息下野次郎氏信うぢのぶに五百余騎を差し添へ、佐殿の陣を取つておはします宮の内へ押し寄せ、駆け立て駆け立て攻めけるに、佐殿の大勢ども、立つ足もなく打ち負けて、散々に皆なりにければ、富田とんだもこれに力を落として、己が本国へぞ帰りにける。直冬ただふゆ朝臣あつそん、宮の入道にふだうと合戦をする事その数を知らず。しかれども、直冬一度もいまだ打ち勝ち給ひたる事なければ、言ふ甲斐なしと思ふ者やしたりけん、落書の歌を札に書きて、道のちまたにぞ立てたりける。

直冬は いかなる神の 罰にてか 宮にはさのみ 怖ぢて逃ぐらん

侍大将と聞こへし森備中のかみも、佐殿よりさきに逃げたりと披露ありければ、高札の奥に、
楢の葉の ゆるぎの森に いる鷺は 深山颪に 音をや鳴くらん




「この使いが帰れば佐殿(足利直冬ただふゆ。足利尊氏の庶子で足利直義ただよしの猶子)はきっと攻めて来るであろう。先んずれば人を制す([先手を取れば相手を抑えることができるから、何かをする時は人より先にやるのがいいということ。 何事であっても、後手に回っては勝ち目がないという教え])という、逆寄せに攻めて追い散らせ」と申して、子息下野次郎氏信(宮氏信)に五百余騎を差し添え、佐殿が陣を取っていた宮内(現広島県福山市)に押し寄せ、駆け立て駆け立て攻めたので、佐殿の大勢どもは、散々に打ち負けて、皆散々になったので、富田(富田直貞なほさだ)もこれに力を落として、本国に帰りました。直冬朝臣と、宮入道(宮兼信かねのぶ)が合戦をすること数知れませんでした。けれども、直冬は一度もいまだ打ち勝ったことがなかったので、情けないと思う者がしたのか、落書の歌を札に書いて、巷([路地])に立てました。

直冬は何の神の罰によってか、宮をあれほど恐れて逃げるのか。

侍大将といわれた森備中守(毛利親衡ちかひら?)も、佐殿(足利直冬)より前に逃げたと世に広まったので、高札の奥に、
楢の葉([楢の葉守]=[楢の木に宿り樹木を守る神])の万木ゆるぎの森(現滋賀県高島市にあった森)にいる鷺は、深山颪に恐れをなして逃げたか。


続く


[PR]
by santalab | 2016-11-15 07:59 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」諸国宮方蜂起事付越中...      「太平記」諸国宮方蜂起事付越中... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧