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「太平記」大元軍事(その1)

昔孔子顔淵に言ひていはく、「用之則行舎之則蔵。唯我与爾有是夫」と誉め給ひけるを、そばにて聞きける子路、大きに忿いかつていはく、「子行三軍則誰与」と申しければ、孔子重ねて子路を諌めてのたまはく、「暴虎憑河死而無悔者吾不与也。必也。臨事而懼、好謀而成者也」とぞのたまひける。されば古も今も、敵を滅ぼし国を奪ふ事、ただたけく勇めるのみにあらず。かねてははかりことを廻らし智慮を先とするにあり。今大宋国の四百州一時に亡びて、蒙古もうこに奪はれたる事も、西蕃せいばんの帝師が謀を廻らせしに依れり。




昔孔子が顔淵(顔回。孔門十哲の一人)に申すには、「世に用いられるのならばそれに応え、そうでなければ隠遁しよう。それができるのはわたしとお前だけである」と(顔回を)誉めると、側で聞いていた子路(孔門十哲の一人で、武勇を好んだ)が、たいそう怒って申すには、「師が三軍([大軍])を率いる時には誰を付けますか」と申すと、孔子は重ねて子路を諌めて申して、「素手で虎に立ち向かい、大河を徒歩で歩いて渡って命を捨てるとも後悔しないような者とは共にしない。絶対にだ。事に臨んでは恐れをなし、よくよく謀を廻らせて事をなすべき」と申しました。昔も今も、敵を滅ぼし国を奪うには、ただ猛く勇めるのみでは叶いません。まず謀略を廻らし智慮を先ずるべきなのです。大宋国(南宋)四百州が一時に亡んで、蒙古(モンゴル)に奪われたのも、西蕃(チベット)の帝師(パクパ。チベット仏教サキャ派の座主。大元初代皇帝、クビライに招請された)が謀を廻らせたからなのです。


続く


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by santalab | 2016-11-20 09:05 | 太平記 | Comments(0)

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