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「太平記」大元軍事(その2)

その草創さうさうの依れるところを尋ぬれば、宋朝そうてう世ををさめてすでに三十七代、その亡びし時の帝をば幼帝えうていとぞ申しける。この時大元の国主老こくしゆらう皇帝くわうてい、その頃は未だ吐蕃とばんの諸侯にてありけるが、あはれいかにもして宋朝四百州・雲南万里・高麗かうらい三韓に至るまで不残これを打ち取らばやと思ふ心、骨髄こつずゐに入つて止む時なし。ある時かの老皇帝らうくわうていこの事を天にあふぎ、少し目睡まどろみ給ひける夢に、「宋朝の幼帝と大元の老皇帝と楊子江やうすがうを隔てて陣を張りて相対あひたいする事日久し。時に楊子江、にはかに水陸地くがぢとなる。両陣の兵すでに相近付あひちかづきて戦はんとする処に、幼帝はその身して勇猛忿迅ゆうまうふんじんの獅子となり、老皇帝は形俄かに変じて白色柔和はくしきにうわの羊となる。両方の兵これを見て、弓を伏せほこを棄てて、「天下の勝負はただこの獅子と羊との戦ひに可在」と伺ひ見る処に、羊獅子の忿いかれる形におそれて忽ちに地に倒る。時に羊二つの角と一つの尾骨を突き折つて、天に登りぬ」とぞ見給ひける。




その草創([物事の始まり])を尋ぬれば、宋朝が世を治めてすでに三十七代(北宋、南宋含めて十八代か?)、宋が亡んだ時の帝を幼帝(南宋最後の第九代皇帝、祥興帝=衛王)といいました。この時大元国の主老皇帝(大元の初代皇帝、クビライ)は、その頃はまだ吐蕃(チベット)の諸侯でしたが、なんとしても宋朝四百州・雲南万里(現中国西南部)・高麗三韓(朝鮮半島)に至るまで残さずこれを打ち取りたいと思う気持ちは、深く止むことはありませんでした。ある時老皇帝はこの事を天に仰ぎ、少し目睡んだ夢に、「宋朝の幼帝と大元の老皇帝が楊子江を隔てて陣を張って相対して日数を経ました。時に楊子江は、にわかに水が引いて陸地となりました。両陣の兵が近付いて戦おうとすると、幼帝はその身を変えて勇猛忿迅(忿迅=激しく怒れる)の獅子となり、老皇帝は姿をたちまち変えて白色柔和([柔和]=[性格や性質などが穏やかな様])の羊となりました。両方の兵はこれを見て、弓を伏せ鉾を捨てて、「天下の勝負はただこの獅子と羊との戦いで決するであろう」と見ていましたが、羊は獅子の怒れる姿に恐れてたちまち地に倒れました。その時羊は二つの角と一つの尾骨を突き折って、天に上る」夢を見ました。


続く


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by santalab | 2016-11-21 07:53 | 太平記 | Comments(0)

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