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「太平記」大元軍事(その12)

老翁すなはち帝都に上つて、わざと怪しげなるていに身をやつし、宮門をまはつて案内を見る由にふるまひける間、守護の武士これを捕らへて、上げつ下ろしつ責め問ふに、しばしは敢へて不落。嗷問がうもん度重なつて骨砕けすぢえぬと見へける時に、「我はこれ伯顔将軍・呂文煥りよぶんくわんらが謀反催促の使ひなり」と白状はくじやうして、ももの肉の中より、宮中洛外らくぐわいの諸侯の方へ、約をなししやうを与へたる数通の状をぞ取り出だしたりける。典獄の官驚きてこの由を奏聞しければ、先づ使者の老翁を誅せられて、やがて伯顔将軍・賈丞相かしようじやう・呂文煥らが父子兄弟三族の刑に行はれて、あるひは無罪諸侯死を兵刃へいじんの下に賜はり、あるひは功ありし旧臣きうしんかばねを獄門の前に曝せり。




老翁はたちまち帝都に上ると、わざとみすぼらしい姿に身をやつし、宮門を廻って様子を窺うように振る舞ったので、守護の武士は老翁を捕らえて、上げつ下ろしつ責めて尋問しましたが、しばらくは何も答えませんでした。拷問は度重なって骨は砕け筋は切れたと思える時になって、「わしは伯顔将軍(バヤン。モンゴル帝国の将軍で、南宋討伐軍の総司令官。南宋方ではない)・呂文煥(南宋末期の軍人)らの謀反催促の使いじゃ」と白状して、股の肉の中より、宮中洛外の諸侯の方へ、約をなし賞を与える数通の状を取り出しました。典獄([監獄の事務をつかさどる官吏])の官人が驚いてこの由を奏聞すると、まず使者の老翁を誅し、やがて伯顔将軍・賈丞相(賈似道かじだう。南宋末期の軍人、政治家)・呂文煥ら父子兄弟三族の刑を行い、あるいは罪なくして死を兵刃の下に賜わり、あるいは功ある旧臣が屍を獄門の前に晒しました。


続く


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by santalab | 2016-12-01 08:38 | 太平記 | Comments(0)

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