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「太平記」光厳院禅定法皇行脚事(その8)

ややあつて、「聰明文思そうめいぶんしの四徳を集めて叡旨に係け候へば、一言いまだ挙げざる先に、三隅さんぐうの高察も候はんか。予元来ぐわんらい万劫煩悩まんこふぼんなうの身を以つて、一種虚空こくうの塵にあるを本意とは存ぜざりしかども、前業ぜんごふのかかるところに旧縁きうえんを離れかねて、住むべき荒増あらましの山は心にありながら、遠く待たれぬ老いの来る道をば留むる関もなくて年月を送りしほどに、天下の乱れ一日も止む時なかりしかば、元弘げんこうの始めには江州がうしう番馬ばんばまで落ち下り、五百余人のつはものどもが自害せし中に交はりて、腥羶せいせんの血に心を酔はしめ、正平のすゑには当山の幽閑いうかんに逢うて、両年を過ぐるまで秋刑しうけいの罪に胆を嘗めき。これほどされば世は憂きものにてありけるかと、初めて驚くばかりに思え候ひしかば、重祚ちようその位に望みをも掛けず、万機のまつりことに心をも留めざれしかども、一方の戦士我を強ひして本主ほんしゆとせしかば、遁げ出だすべき隙なくて、あはれいつか山深きすみかに雲を友とし松を隣りとして、心安く生涯を尽くすべきと、心に懸けて念じ思ひしところに、天地命を改めて、譲位じやうゐの儀出で来しかば、蟄懐ちつくわい一時にひらけて、この姿になつてこそ候へ」と、御涙の中に語り尽くさせ給へば、一人諸卿諸共に御袖を絞るばかりなり。




ややあって、「聰明文思(天子の能力・道徳に優れていること)の四徳([天地が万物を育てる四つの徳])を集めて叡旨にかけておられるそなたのこと、一言も申さぬ前に、分かっておられることでしょうが。我は元より万劫([永遠])煩悩の身を持って生まれて、何となく虚空の塵に交わることを本意とは思わないでいたのです、けれども前業故か旧縁を離れかねて、住むべきはずの山は心にありながら、遠く待つ老いの来る道を止める関もなく年月を送っていましたが、天下の乱れは一日も止む時なく、元弘のはじめには江州の番馬(現滋賀県米原市)まで落ち下り、五百余人の兵どもが自害する中に交わって、腥羶([生臭いこと])の血に心を酔わせ、正平の末には当山(吉野山)に幽閑されて、両年を過ぎるまで秋刑([刑罰])の罪に遭いつらい思いもしました。これほどまでに世は悲しいものであるかと、初めて驚くばかりに思われて、重祚の位に望みをも掛けず、万機の政に心を留めることはありませんでしたが、一方の戦士が我を強引に本主となしたので、遁れることはできませんでした、ああいつか山深き住みかに雲を友とし松を隣りとして、心安く生涯を尽くすべきと、心に懸けて念じていましたが、天地が命を改めて、譲位の儀がありましたので、蟄懐([心中の不満])が一時に表れ出て、この姿になったのです」と、涙の中に語り尽くされたので、一人(後村上天皇)諸卿諸共に袖を絞るばかりでした。


続く


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by santalab | 2016-12-11 09:06 | 太平記 | Comments(0)

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