Santa Lab's Blog


「太平記」光厳院禅定法皇行脚事(その9)

「今は」とて御かへりあらんとするに、れう御馬おんむままゐらせられたれども、固く御辞退あつて召されず。いつしか疲れさせ給ひぬれども、なほ雪の如くなる御足に、荒々としたるわらぢを召されて出で立たさせ給へば、主上しゆしやうは武者所まで出御なつて、御簾みすを掲げられ、月卿雲客げつけいうんかくは庭上の外まで送りまゐらせて、皆泪にぞ立ち濡れ給ひける。道すがらの山館野亭さんくわんやていを御覧ぜらるるにも、先年羑里いうりとらはれに逢はせ給ひて、一日片時へんしも過ぐし難きと、御心を痛ましめ給ひし松門茅屋ばうをくあり。戦図せんとに入る山中ならずは懸かる所にぞ住みなましと、今は昔の憂きすみかを御慕ひありけるぞ悲しき。諸国御斗薮とそうの後、光厳院くわうごんゐんへ御かへりあつてしばらく御座ありけるが、中使しきりに到つて松風の夢を破り、旧臣常にまゐりて蘿月らげつじやくを妨げけるほどに、ここも今は住み憂しと思し召し、丹波の国山国と言ふ所へ、跡を消して移せ給ひける。




(北朝初代天皇光厳院は)「今は」と申されてお帰りになられようとされたので、(第九十七代後村上天皇は)寮の御馬を参らせましたが、固く辞退されて召されませんでした。(光厳院は)いつしかやつれられて、けれどもなお雪のように白い足に、粗末な草鞋を召されてお立ちになられました、主上(後村上天皇)は武者所([上皇・法皇の御所を警衛する武士の詰め所])までお出になられて、御簾を上げ、月卿雲客([公卿と殿上人])は庭上の外まで見送り参らせて、皆涙を流しました。道すがらの山館野亭([山中の建物・野中の小屋])を御覧になられては、先年羑里([獄舎])の囚われとなって幽閉されたのは、一日片時も過ごし難しと、心を痛められた松門茅屋(松の枝に覆われた粗末な家)でした。戦のために入る山中でなければこのような所に住んでみたいものよと、今は昔のつらい住みかを慕われるのは悲しいことでした。(光厳院は)諸国を斗薮([衣食住に対する欲望を払いのけ、身心を清浄にするための修行])になられた後、光厳院(深草金剛寿院)に帰られてしばらくおられましたが、中使([宮中からの使者])がしきりに訪ねて松風の夢を破り、旧臣が常に参って蘿月([蔦葛つたかづらの葉の間に見える月])の寂を妨げたので、ここも今は住みづらいと思われて、丹波国山国荘という所(現京都市右京区にある常照皇寺)に、跡を消して移られました。


続く


[PR]
by santalab | 2016-12-12 08:23 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」光厳院禅定法皇行脚事...      「太平記」光厳院禅定法皇行脚事... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧