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「太平記」南方官軍落都事(その1)

宮方には、今度京の敵を追ひ落とすほどならば、元弘げんこうの如く天下の武士皆こぼれて落ちて、付き従ひ参らせんずらんと思はれけるに、案に相違して、始めて参る武士こそなからめ。筑紫の菊池・伊予の土居どゐ得能とくのう、周防の大内おほちの介、越中ゑつちゆう桃井もものゐ、新田武蔵のかみ・同じく左衛門さゑもんすけ、その外の一族ども、国々に多しといへども、あるひは道を塞がれ、あるひはいきほひいまだ適はざれば、一人も上洛しやうらくせず。結句伊勢の仁木右京うきやうの大夫は、土岐が向かひじやうへ寄せて、打ち負けて城へ引き籠もる。仁木中務なかつかさ少輔せうは、丹波にて仁木三郎に打ち負けて都へ引つ返し、山名伊豆いづかみはしばらく兵の疲れを休めんとて、美作を引いて伯耆へ帰り、赤松彦五郎範実のりざねは、養父則祐そくいう様々にこしらなだめけるに依つて、また播磨へ下りぬと聞こへければ、国々の将軍しやうぐん方機を得ずと言ふ者なし。




宮方では、今の京の敵を追い落とせば、元弘の変(第九十六代後醍醐天皇が鎌倉幕府の倒幕を企てた事件)の如く天下の武士は皆離反して、付き従い参るのではないかと思っていましたが、案に違い、わざわざ参る武士はいませんでした。筑紫の菊池・伊予の土居・得能、周防大内介(大内義弘よしひろ)、越中の桃井、新田武蔵守(新田義宗よしむね。新田義貞よしさだの三男)・同じく左衛門佐(新田義興よしおき。義貞の次男)、その外の一族どもが、国々に多くいましたが、ある者は道を塞がれ、ある者は勢いいまだなく、一人も上洛しませんでした。結局伊勢の仁木右京大夫(仁木義長よしなが)が、土岐(土岐頼康よりやす)の向かい城([敵の城を攻めるため、それに対して構える城])に寄せて、打ち負けて城へに引き籠もりました。仁木中務少輔(仁木国行?)は、丹波で仁木三郎に打ち負けて都へ引っ返し、山名伊豆守(山名時氏ときうぢ)はしばらく兵の疲れを休めようと、美作を引いて伯耆へ帰り、赤松彦五郎範実(赤松範実)は、養父則祐(赤松則祐)があれこれ申して、また播磨へ下ったと聞こえて、国々の将軍はこの機会を逃すべしと申す者はいませんでした。


続く


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by santalab | 2016-12-20 08:28 | 太平記 | Comments(0)

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