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「太平記」持明院新帝自江州還幸事付相州渡四国事(その2)

近日はいささかの事も、公家の御計らひとしては叶ひ難ければ、内裡修理の事武家へ仰せられたりけれども、領掌りやうじやうは申されながら、いつ道行くべしとも見へざりければ、いつまでか外都ぐわいとの御住居すまゐもあるべきとて、三月十三日に西園寺さいをんじ旧宅きうたく還幸くわんかうなる、これは后妃遊宴のみぎり先皇せんくわう臨幸の地なれば、楼閣玉を散りばめて、客殿雲にそびえたり。丹青たんぜいを尽くせる妙音堂、瑠璃るりべたる法水院ほつすゐゐん、年々に皆荒れ果てて、見しにもあらず成りぬれば、雨を疑ふ岩下の松風、糸を乱せる門前の柳、五柳先生ごりうせんじやう旧跡きうせき七松居士しちしようこじ幽棲いうせいもかくやと思えて物さびたり。




近日ではちょっとした事も、公家の計らいなしには叶い難ければ、内裏修理の件を武家へ仰せられましたが、領掌([承諾すること])を申しながらも、いつになるとも思えなく、いつまでも外都に住まわれるべきではないと、三月十三日に後光厳天皇(北朝第四代天皇)は西園寺の旧宅へ還幸になられました(後光厳天皇の生母は、西園寺寧子やすこ)、これは后妃(第九十六代後醍醐天皇中宮、西園寺禧子きし?)遊宴の時、先皇(北朝初代光厳天皇?)が臨幸([天皇が行幸してその場に臨むこと])された所でしたので、楼閣は玉を散りばめて、客殿は雲にそびえ立っていました。丹青([彩色])を尽くした妙音堂、瑠璃([ガラス])を展べた法水院は、年々に皆荒れ果てて、かつて見た姿とはうって変わり、雨と疑う岩下の松風、糸を乱した門前の柳、五柳先生(陶淵明たうえんめい。中国六朝時代の東晋の詩人)の旧跡、七松居士(?)が幽棲した地もこのようなものと思えるほど物さびしく思われました。


続く


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by santalab | 2016-12-24 09:08 | 太平記 | Comments(0)

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